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園長だより17 of suigom

10月

あれから40年


こひつじ園は今年、創立40年を迎えています。


40年前、180坪の敷地に2教室の小さな建物を作って始まりました。わたしも若く、将来に希望を持って、毎日楽しく明るく元気に子どもたちと過ごしていました。


その後、入園希望者も増え、隣接地の田を借り、埋め立ててホールを作りました。認可外保育園として20年を過ごしてきました。


20年目に社会福祉法人化になりました。初めてゼロ歳のあかちゃんの保育をしました。


そして今年、創立40年。今は保育行政も大きく変わりました。都市部では待機児童問題が大きくクローズアップされています。


認可外の時は事務作業が少なかったです。行政からの資金がありませんでしたから行政に対する報告も請求もありません。それだけ、こどもに向ける時間が取れました。


平成27年度から「こども子育て新制度」が出来てから、園児の呼び名も1号認定、2号認定、3号認定と変わりました。40年の時代の流れは社会全般なものを大きく変えます。


制度だけでなく我々人間も変わります。40年前のあかちゃんは今は立派な親になっています。わたしも40年前は髪の毛も黒黒として結構なイケメンでした。(40年前はイケメンの言葉は使われていません。)


社会や我々の人生も変化していますが変わらないものもあります。否、変えてならないものがあります。色々あると思いますが、変わらないもの、変わらない喜びは命の誕生でしょう。


我々は毎日聖書を読み、祈りをしてから一日の働きをしています。先日読んだ聖書の言葉に命の誕生に関することがありました。「その子はあなたにとって喜びとなり、楽しみとなる。多くの人もその誕生を喜ぶ。」です。


こどもはかけがえのない存在です。親にとって一番の喜びです。また親だけでなく多くの人の喜びとなります。その大事な我が子を育てるに一番必要なことはこどもに対する親の愛です。


愛は抽象的なことのようですが聖書は愛をとても具体的に書いています。聖書は書かれて数千年になります。その間、一字たりとも変わっていません。その中心は「愛」です。


こひつじ園は40年間聖書から愛を学びながら保育を進めてきました。この愛はけっして変わらないものです。神様が私たちを愛しておられるからです。


神様が私たちを愛しておられる愛を土台としてこれからも変わらない保育を進めていきます。


9月

共に子育てを


今年の夏は異常と思える夏でした。気象庁が梅雨に入りましたと宣言した後、空は晴れ渡り毎日30度を超す暑さが続きました。晴天続きの水不足で農作物にも影響が出ました。


そして梅雨が明けたと宣言すると今度は毎日曇り涼しく、雨の日が続きました。科学の粋を究め衛星を打ち上げて観測していながら自然の動きを把握することの難しさを感じます。


今年度「こひつじ園」は40年目になります。その間、保育をした園児数は千名を超えました。しかし子育ては今でも難しさを覚えています。人間それぞれ考えも性格も違います。一卵性双生児でも違います。


生まれた時、パパ似、ママ似と言われると嬉しさがこみ上げてきます。それが段々大きくなり悪いところはお父さんに似、良いところはお母さん似、と似てくる意味が違ってきます。喜んでいいのやら、悲しんでいいのやら複雑になってきます。


キリスト教保育の基本の一つに、羊飼いと羊の話があります。良い羊飼いは羊の声を聞き分けることが出来る。悪い羊飼いは、狼が来ると逃げ出してしまうと聖書に書かれています。


そして百匹の群れの中から一匹が迷い出たら、良い羊飼いは迷い出た一匹のためにどこまでも探しに行く、そして見つけたら肩に担いで喜びながら帰ってくる。この様に書かれています。


一人ひとりの声を聞き分ける、どんなに多くの中の一人でも命がけで守る。声を聞き分けるには目をかけ、手をかけ、心をかけていないと出来ません。簡単なことではありません。体力、気力の充実が求められます。


これは、こども園のことだけの話ではないと思います。一番求められるのは子どもの親です。こども園にいますお子さんの家庭は、親御さんが働いている家庭が多いです。


子どもに対する時間を共に過ごすことに限りがあります。子どもたちが元気で日中過ごしているのはこども園です。ですから我々には、親御さんの知らない姿を知っていることもあります。子育ては親御さんと、こども園での協力です。


保育参観や、時々園に手伝いに来られた時、自分の子どもの知らない姿を目にする時があるとよく聞きます。協力には相談、話し合いが必要です。時には時間を取って園に来てご自分のお子さんについて話し合うことも大事かと思います。おいでになるときは電話で予約をお願いします。


8月

バイブルキャンプ


夏休みはバイブルキャンプから始まりました。今年は7月25日(火)~27日(木)と二泊三日の日程でした。


小学生71名。中学生3名の大所帯になりました。小学生は毎年楽しみにしているようです。


こひつじ園はキャンプが終ると40名の小学生の夏期学童保育が始まっています。私たちの小学生時代(60年前)学童はありませんでした。我が家は農家でした。秋になると稲刈りが始まります。その頃の稲刈りは一株、一株を手にして鎌で刈り取っていました。刈り取った稲は「おだ」にかけて天日干しです。


田に行くに道路はなく水路を舟で進んでいきました。夏は稲を刈る準備の時です。刈り取った稲を縛るものをワラで作ります。「おだ」を組み立てるために杉の木を舟に乗せ田にまで運んだりします。手伝いは小学生の頃から始めます。夏休みは家の手伝の時です。


農家の仕事は家族総出でしていました。親子の会話も仕事を教えることから始まり色々なことに及び親子の絆が固くされます。もちろん仕事はまだ機械化されていず殆どが手作業でした。


農家の子どもたちはそのように夏休みを過ごしました。それでいて嫌な思いもせず手伝いをしていました。家に帰れば風呂に水を汲み、まきで火をおこしてお湯にします。火の使い方も覚えました。火は便利に使えるが、間違うと危険なものになるとも学びました。最近はそのようなことが全く消えてしまいました。


バイブルキャンプでは最後にスパゲッテーとピザを作り昼食とします。小学生に「ガスはないからね」と話すとみんな驚き「どうしてお湯を沸かすの」と聞きます。「マキを炊いて火を起して料理する」私が話している意味が理解できないようでした。


実際に野外炊飯場に行きかまどを見ると不安そうな顔になりました。まずマキに火をつけることから難しい。お湯を沸かす火力を作るのが出来ない。煙が目に入り開けられない。今まで体験したことのないことばかりです。


こんな時は私の出番。「園長先生すごい!」初めて小学生から称賛の言葉を受けました。普段、何の思いもなく食べ物を口にしている小学生。とてもよい経験をしたと思います。


災害の時、一番大切なことは水と火です。便利さに慣れて大事なことを忘れないように出来たらと思います。


7月

第一自立期


人間の成長には大きな山が二つあると言われています。一つは4~5歳時。もう一つは12~14歳時です。


この間に人間の脳は大きな成長期に入り、色々なことを吸収し人間形成の土台を作ります。中学に入り初めてA,B,Cを見た子供が、どんどん英語を覚えアメリカの大学に進んだ話もあります。中学生前後の学びは一生の間でとても大切な時期になります。


第二自立期の中学生前後は知識を貯えることにおいて能力が人生最高に発達しています。ですから英語でも数学、国語どんどん覚えられます。この自立期をいかに過ごすかが、これからの人生に大きな影響を与えます。私は今でも中学生の時しっかり勉強しておけばと悔いることがあります。


もうひとつの山は4~5歳時です。この時の成長にも著しいものがあります。第一自立期です。親であれば感じていることです。


言葉での会話、人間関係の在り方、指示を受けたときに反応する行動等々、この時期に習得します。私たちのこひつじ園では、第一自立期の年齢の園児をお預かりしています。


園児たちは色々なことをしています。フラッシュカード、マーチングバンド、ペン習字、柔道、リトミック。知的なこと、運動的なこと、文化的なこと等々です。しかし最も大事なことは、将来、花を咲かせ、実を結ばせることが出来る将来を見据えた保育・教育をすることです。


イエス様はたくさんの譬え話をしました。それが聖書に書かれています。その中でも有名な譬え話は、農夫が畑に種を蒔く話です。


一粒の種が地にまかれると根を出し、芽を出し、大きく成長し、やがて30倍、60倍、100倍の実を結ぶ話です。これは良い土に落ちた種が成長する話です。


私は野菜作りが好きです。一番苦労するのは土作りです。化学肥料もありますが有機質肥料に気を向けています。有機質は土に力を与えます。力ある土からは色々な野菜が元気に育ちます。私は幼児期の成長は土作りと同じかなと思います。


どんな種をまいても素晴らしいい苗を植えても、土が悪いと育ちません。学校の学びと違うこの時期にしかできないことかは何かを考えています。良い事、悪い事の見極めが出来るように。将来、学校に進んだ時、きちんと学びを受け止められるように成長する土台が大事です。


有機質の土は素晴らしい力を持っています。「種は良い土地に落ち、芽生え、育って実を結び、あるものは30倍、あるものは60倍、あるものは100倍にもなった。」(イエス・キリスト)みんなで第一自立期を大切に生かしていきましょう。


6月

幼児教育


30年前頃から子供の人格を尊重しましょうという考え方が広がってきています。学校でも偏差値教育をやめ、ゆとりある教育を、カウンセリング界でも「受容、共感」を重んじましょうと。


それが今、子どもの要求を何でも受け入れ、子どもの望むことを大切にしましょうと誤解されているようです。


私たちは人間関係の社会の中に生きています。関係とはルールがあって初めてうまくいきます。そのルールを学ぶことが社会生活をスムーズに進めるのに大切です。


現実の社会は自分のやりたいことを要求しても全部が受け入れられる訳ではありません。これを知るのはとても大切なことで、人間が初めに身につけなければならないことです。身についていないと社会に出てからとても苦しみます。私たちの園ではこれを「幼児期の教育」と位置付けています。


NHK朝のニュースで「今の幼稚園児 弁当の中身」が報道されていました。お母さんは前の夜、子どもが求めるままに弁当を詰めてあげます。


子どもは自分の好きなものだけを入れてもらってにっこりです。お母さんもこどもの笑顔を見てにっこりです。


そこには子供の嫌いな野菜はほとんどありません。その結果どの家庭でも野菜が少なくなってきていると。


親のなすべきことで大事な仕事は、社会ルールを教えることです。ルールは社会生活の先輩(両親)が教えるものです。人に迷惑をかけることは駄目、必要な事はやりたくなくても行う。この教えは子供が小さければ小さいほど効果が大きいです。社会ルールを身につけないまま大きくなると、社会に加わることが難しくなってしまいます。


物事の善し悪しを教えるのに一番力があるのはお父さんです。お父さんに怒られたことは恨みにならず、良い思い出としていつまでも残ります。それだけでなくお父さんを尊敬します。


「受容と共感」そして「しつけと育児」この二本柱が必要です。何を基準にして善し悪しを教えるのかも難しいことです。私たちは個人差があります。感情もあります。感情のままに教えることは良くないことです。


どこの国でも、いつの時代でも変わらない基準。私たちに生きる事の意味を教えてくれるもの、それが「聖書」です。こひつじ園の保育の基準はいつでも聖書(バイブル)です。


教育勅語が話題になっています。親子の関係を教えていると。しかし、聖書は3,500年も前から「子どもたちよ、両親に従いなさい。これは正しいことです。」と教えています。私は、毎日曜日ごとに、水郷めぐみ教会で聖書の話をしています。誰でも参加できます。

5月

クッションを


春の交通安全運動で重点指導の一つに携帯電話があります。運転中に携帯(スマートホン)を見て運転する人の指導です。見ながら運転で事故が増えている事実があります。


スマホはとても便利なものです。私でも便利さが分かります。多くの機能がつき手のひらにパソコンがあると同じような便利さを示してくれます。


会話をしなくても一瞬のうちに相手に思いが届く凄さ。便箋に字を書いて封筒に入れ郵便局から手紙を出すことなく、どこでもいつでも文章や写真までも送ることができる。機械の進歩のもたらしたものです。


私などは今でも、PDFもURLの意味を理解することができません。多くの人はどんどんこなしていきます。


先日、ジョイフル本田近くの電話店の前を通りかかったとき「今サービスをしています。お寄りください。」と誘われました。


「お客様は旧式です。新タイプがあります。乗り換えチャンスです。」「新タイプとは何ですか。」「今より機能が充実しています。」


「私、今の機能を使いきれていないので今のままで結構です。」とその場を離れてしまいました。


なんだか機械に使われてしまうような心配が胸を横切りました。手間暇を省いてすぐに目的が手に入る便利さ。その反面、身体を使って努力する仕事が遠ざけられています。


機械に目を向けることが多くなった代わりに、自然の美しさに目を向け、美しさに感動する思いが少なくなっているような気がします。


感動、感性は心に余裕を生みます。余裕は気持ちにクッションの働きをします。芸術品などを鑑賞するのは心にクッションを生みます。最高の芸術の美しさは神様が作られた自然界です。画家はその美しさに心惹かれ描き始めます。木々の新緑の美しさ、色とりどりの花の美しさ(アヤメもそうです。)


今、全国的にこどもの中に多動的行動(自分の思いのまま、気の向くまま行動すること。)が多くなっています。集団生活の環境に柔軟に対応する能力が欠けているのです。環境に対応するにはクッション、柔軟性が必要です。


こひつじ園には園庭に色々な花が咲いています。鮮やかな新芽が出ている木があります。季節の移り変わりとともに自然界も色を変えていきます。親子共々素晴らしい自然の変化に感動する時を持つことも必要かなと思います。


潮来にはまだ自然が残っています。クッションは心のけがを防ぐことにもなります。(5月、園のお勧めは藤の花です。迎えの車を学童駐車場において観賞してください。)


4月

新年度、不安と期待の始まり


寒かった冬も終わり、庭には色とりどりの花が咲く春の季節となりました。今まで枯れ木のようになっていた木の枝もふくらみが現れ春の命の息吹を感じられるようになりました。


こひつじ園も学校も新しい始まりです。3月に卒園生を送り、4月に新入園生を迎えました。


こひつじ園ではゼロ歳児から入園があります。そして新入園児にとっては親元を離れての初めての生活。今まで知らなかった友達とのはじめての集団生活。


まだ幼い子どもにとって初めての園生活は不安がいっぱいです。右を向いても左を向いてもみんな知らない人、初めて見る顔ばかり。幼子にとってはどんなに不安であろうかと思います。


そして親が一緒にいない不安で泣き出したくなる心境。気持ちを抑えられずに大きな声で泣き出す気持ちが分かります。


4月は年間で一番緊張感があります。しかし幼子の適応性は驚異的な能力を持っています。一番大きな声で泣く子は慣れも早いほうです。


こひつじ園には大きな藤棚があります。今、少しずつふくらみ始めています。5月ごろになるときれいな紫色の小さな花が藤棚いっぱいに咲き甘酸っぱい芳しい香りを放ちます。その頃になると新入園生は園生活になれ、次は何をするか、どこに遊びがあるかだんだん園での生活に興味を持ち始め自分から手を出すようになります。


毎日の生活の中で子どもたちは朝、園に来て日中の明るい時を過ごします。家に帰っての生活は食事し風呂に入って寝る。ですから体が一番元気なときを園で過ごします。友達と刺激しあって生活します。保育教諭の保育によっていろいろなことを覚え学びます。


園生活は子どもにとって生活そのものとなります。私たち職員一同は気持ちを新たにして新年度をスタートし一年を明るく、元気に、のびのびと子どもたちと過ごしていきます。


ご家庭のご理解とご協力をお願いします。やがて卒園の時にはあのわが子がここまで成長するとはとの驚きの時を迎えるようになります。

※スライドショーの1人単位の園児写真は保護者の了承を頂いての掲載です