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水郷だより16 of suigom

4月





九州大地震の被災者の方々の皆様にお見舞いを申し上げます。

私は九州に行ったことはありませんが、一ヶ月程前にNHKテレビ「ブラ、タモリ」で熊本が放送されていました。熊本城や熊本には湧き水が豊富など詳しい内容でした。被災した熊本城、町並みを見るたびにその時の姿と大きな変化に驚きます。


昔から地震、雷、火事、オヤジと恐ろしいことを言っていました。やはり地震は一番怖いです。突然襲ってくるので避難することも出来ません。被害も大きくなります。


気象庁では地震緊急速報なるものを発信し地震が起きる数秒前に警報を出そうとしていますが、ほとんど地震と同時になることが多いです。地震の予知ほど難しいものはないので防ぎようも、逃げることも出来ません。


震度7は建物を破壊する力です。(ちなみに5年前の東日本大震災で潮来は震度6弱)


日本は地震が多い国と言われますが世界では多くの国々で地震が発生しています。私たちが住んでいる地球自体が活動している惑星です。ですから地震があるのは当然なのです。


昨年の大雨で鬼怒川が氾濫し常総市でも大きな被害が起こりました。自衛隊のヘリコプターが必死の思いで救出をしている近くで報道関係のヘリコプターが何機も飛び回り救出作戦の邪魔をしていました。今回も同じように報道関係のヘリコプターが上空を飛び回り大事な市内放送が聞き取れなくて困ったという話があります。


災害の時は報道することは大事です。それぞれがバラバラにしないで各社が協定を結んで被災者の立場に立った報道をして欲しいと感じます。


地震は突然やってきます。これはイエス様が訪れる再臨と同じです。「その日、その時は、だれも知らない。天使たちも子も知らない。ただ父だけがご存じである。」(マタイ24:36)。


私たちが再臨に対して出来ることは、いつ再臨があっても大丈夫なように備えることです。しかし再臨はイエス様を信じる人に取って災害でありません。栄光の身体に変えられて天に引き上げられる喜びの時です。


聖書の最後の言葉「しかり、私はすぐに来る。アーメン、主イエスよ来てください。」黙示録22:20






ようやく寒さが去って行きました。寒いのは苦手です。毎年、秋が深まり冬の寒さを感じるようになるとこの冬の寒さをどのように過ごすか悩んでいる自分がいます。しかしなんとか寒さをしのぐ事ができました。


これから半年間寒さに怯えることなく過ごせることに感謝します。そして太陽が沈む時間も長くなって来ています。朝も日の出が早くなってきています。なんだか嬉しい気持ちになります。


しかし歳が進むと体力的な衰えは確実に現れています。毎年、家庭菜園で野菜を作っています。今年も耕うん機を出して耕しました。しかし今年は右手が痛み出し、一時、聖書を持つのも出来ないようになってしまいました。この一週間シップを貼ってなんとか痛みが少なくなってきました。


40年前は何をしても疲れも痛みも感じませんでした。トラクトを手にして潮来の町全家に配る思いを持って歩いていました。あれから40年、体は確実に衰えています。


最近は「老後に対する学び」なるものが流行っていると聞きました。私の求めることは、静かに聖書を読み祈る生活です。そして新芽が出ている里山を散歩することができたらどんなにいいかなと思っています。自然界は衰えを知りません。教会の駐車場も、家の庭も、畑も雑草が成長してきました。


学童を始めてから学童の気遣いも増えてきています。聖書に親しみ散歩を楽しむには仕事を減らさなければなりません。親しくしていた牧師が次々に引退しています。しかしこれも避けられない人生です。いつかは全部離れる時が必ずきます。その時になって慌てなくてもいいような生き方を模索する年令になってきています。


創世記から黙示録を一年で読むには一日1時間以上読まなければ出来ません。若かった時に気づかずに読んでいた聖書は高齢者になった今、別な語りかけを聴くことが出来ます。


やはりこれからは野菜作りもいいですが、私は聖書を時間をかけて読み、黙想し、祈る時を多く持つようになりたいです。






私はNHKラジオ深夜便で4時の「明日への言葉」を聞く時があります。先週は世界で物質的に一番貧しい元大統領が来日して日本の大学で公演した話が放送されていました。


その中で元大統領は、貧しいのは孤独に生きる人であると、語りました。人間は社会生活の中で生きています。人間関係は生活で一番大切なこと。だれにも相談できず話をする事の出来る人がいないことが一番貧しいと言っていました。


またこんなことも言っていました。人間関係で大切なことはお互いが信頼していくこと。友達と言える人がいても本音で信頼できる人は少ないのではないか。夫婦関係でも一番の大事はお互いが信頼しあって何でも話すことが出来る夫婦が一番豊かな生活をしていると。


最近は信頼関係が薄れています。それは夫婦関係においても見られます。一日話し合うこともなく過ごす夫婦。一日の出来事を話さいないで過ごしている夫婦。寂しくも、何も感じないで生活している夫婦は仮面夫婦と言っていました。


私の両親は農業者でした。毎日同じ仕事をして過ごしていました。父はどちらかと言えば無口の方でした。母は家の身の回りのこと、付き合いのこと、仕事のことをよく話す人でした。


私はそのような母の生活を見て育ちましたので何でも話し合うことが好きな人間です。他に行った時、そこで見たこと経験したことを迎えに来てくれた妻の車の中ですぐに話します。経験を共有して欲しいとの気持ちがあります。


こひつじ園の新人研修は私が担当しています。その時強調するのは、報告、連絡、相談を大切に実行するようにと話しています。


何でも話し合うことが出来る関係。そこには信頼関係があります。信頼がないと話すことも少なくなって来ます。人間関係において、夫婦関係においてお互いが信頼できなくなったらその関係はおしまいです。


兄弟姉妹と教会で呼び合っています。それは言葉だけのことだけではありません。本当に信頼関係を築き上げている教会は大きな力となります。






今年の年会は「家族年会」でした。3年に1度、牧師の家族も年会に招かれます。ある牧師先生はお孫さんを連れて参加していました。


家族年会は牧師の子どもたちが将来牧師になれるようにとの祈りが込められています。


多くの牧師家庭にはプライバシーがほとんどありません。教会と牧師住まいが同じ建物になっている所が多いです。


私たちの最初の任地は東京中央教会でした。その部屋は一間、台所は押し入れの中に隠れていました。炊事仕事は畳の上に正座しふすまを開け、身を押し入れの中に入れてのことでした。


潮来教会に任命されたとき住まいは四畳半と六畳の二間。日曜日になると二部屋は分級になり日曜学校の子供たちは自分の部屋のように使っていました。牧師子供が大事にしている物も遊びの道具として使っていました。それゆえ牧師子供は自分の空間、自分の時間を持つことが困難になっていました。


牧師子供は牧師になる人。絶対牧師にならない人、中には教会から去る人と大きく分かれています。そんな牧師子供たちに少しでも楽しい思いを持ち、将来自分も牧師になると希望を持ってもらいたいとの祈りの中で家族年会が行われています。


今年の年会で牧師職を退職した者は16名。新しく牧師になった者は4名。今年は12名牧師が少なくなりました。教会にはその数だけ牧師がいなくなりました。兼任するほかありません。牧師不足の時代です。これからも牧師不足時代は続きます。


4名のうち1名は水郷めぐみ教会の志賀初江先生です。私たちの教会は日本の教会に大きく貢献しました。教会が始まって献身者は2名です。


しかしこのような牧師不足はこれからも続くと思われています。特に若い人の中に牧師になろうと考えている人が少ないです。あのようなきびしい生活をしたくないと思うのでなく、牧師家庭、牧師生活を見て、自分も生涯を牧師として生きていきたいと思うような若者が起こされることがこれからの日本伝道に大切なことです。


今年度の聖書学院入学者は5名。ホーリネス教団から定年を迎えた人が1名です。4名は他教団からです。水郷地区では佐原教会の溝口先生ご夫妻が今年度引退となり後任者がいません。7つの教会で3つの教会に専任牧師がいなくなりました。


3月




これからです。




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2月




これからです。




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1月




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