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12月





一年で最大の伝道期間クリスマスの集いが24日で全て終わりました。




今年は7日(土)こひつじ園クリスマス会から始まり、14日(土)もこひつじ園関係が続きました。


15日(日)は音楽礼拝と、午後コンサートでした。


そして21日(土)はフルート、ピアノ、読み聞かせクリスマス会。


22日(日)はクリスマス礼拝と洗礼式。午後は親子クリスマス会。

24日(火)のイブ礼拝でクリスマス関係の集会が終わりました。全てが伝道的集会でした。




特に今年の特徴としてそれぞれの集会に沢山の人が来られたことです。また一回で終わらないで2回、3回と来られた方もいました。この背後にこひつじ園の存在が大きくあります。




このような田舎でキリスト教の伝道をするに幼児伝道関係の仕事は大きな力になっています。もちろん一般の人に伝道することも大事です。今年も園関係者以外から来られた方がいました。感謝なことです。




クリスマスですからイエス様誕生のメッセージが語られました。この経験は大事です。




24日イブ礼拝が終わって茶菓のとき私より年配者の方が「むかし、天幕伝道で、ただ信ぜよの歌を聞いたことがありました」と話してくださいました。それがキリスト教会に関心を持つきっかけになりました。




こひつじ園の保護者から聖書の学びをしたいと声を聞きました。また別の方から子育てで聖書の教えを聞きたいと聞きました。年々集う方が増えています。それだけに気を使うことも多くなります。




ある方々はそれぞれの集会に率先して奉仕してくださいました。私たちは年々体力が落ちています。疲れもなかなか抜けきれないです。でもこんなに集う方がおられることは何か教会に関心を持っているということです。関心だけで終わらないで教会に期待を持つようになって欲しいです。




今、生きることに対する喜びが求められています。そのような本がたくさん売られています。教会が強くその場となりましょう。なれるはずです。今、人々は生きる力を求めています。主よ教会に恵を注いでください。







NHK大河ドラマ「八重の桜」で新島譲が語った言葉があります。「種を蒔かないと何も起こらない。」「誰かが種を蒔かねばならない。」




この言葉はイエス様の種まきの譬えを意識して語っている言葉です。種を蒔けば10年後、20年後、50年後、100年後に実を結ぶが、新島譲の口癖でした。




今年もクリスマスの時期になっています。種を蒔くとは聖書のお言葉を語ること、そしてお言葉を聞いてもらうことです。




教会であるいは、こひつじ園においてお言葉が語られています。今年も沢山の方々にお言葉を語ることが出来ました。神様がお言葉を聞かれた方々に働かれ導きが起こるように祈ることが大切です。




クリスマスの集いはまだ続きます。牧師夫妻の体力が支えられるようお祈りください。




先週と今週、潮来一中3年生がこひつじ園に来ました。授業の一環として子どもたちとの交わりをしました。彼らは10年前保育園生でした。こひつじの卒園生も10名近くいました。




名簿を見ながらひとり一人確認しました。卒園してからキャンプに参加していた中学生もいました。中学3年生は感情が多感な時です。卒園生に「私を覚えているか。」と聞くとみんな「覚えています。」と返事してくれました。




卒園した園に来て十字架を見て保育園時代のことを思い出していたようです。彼らの心には保育園時代に覚えたお言葉が残っています。




潮来は田舎の保守的な町です。昔からの伝統が強く生きています。そこで伝道することは都会と違った難しさがあります。




今日、小学3年生が洗礼を受けます。感謝な出来事です。お母さんのおなかの中にいたときから教会に来ています。今、小学3年ですが10年過ぎると高校生か大学生です。10年はすぐ経ってしまいます。




今の子どもたちにお言葉を語ることは大事です。D君はクリスチャン三世になります。水郷めぐみ教会に歴史の重みを作ってくれます。教会の次世代育成を大事にしましょう。






今月7日(土)は潮来公民館で3歳児以上のクリスマス会をしました。満席で立ち見の人も沢山あり盛況の中進められました。昨日はこひつじ園で2歳児以下のクリスマス発表会でした。




大きいクラスでは色々多彩な発表がありました。年長さんクラスはイエス様の誕生劇をしました。正式な名前は「降誕劇」です。園児たちそれぞれ役割を決めてセリフを覚え素敵な降誕劇でした。




聖書ではイエス・キリストの誕生を「降誕」と言います。クリスマスは神様が人となって地上に降りて来られたことの出来事です。それがイエス・キリストの誕生です。




人間として赤ちゃんになってマリアから生まれたイエス・キリストは30歳まで父ヨセフの仕事を受け継いで働いていました。そして33歳までの約3年間イスラエル地方を教えて歩まれ、また病の人を癒されたりしました。33歳の時、十字架刑を受け十字架上で死なれ墓に葬られました。それが金曜日です。




そして三日目の日曜日の朝、イエス、キリストは死者の中からよみがえられたのです。これを教会では復活祭(イースター)と言います。




ですからイエス様の地上での歩みはわずか33年間です。神として教えられたのは3年間です。3年間は短いです。しかしイエス様の教えは世界中に広まり12月はイエス様の誕生をお祝いするクリスマスが満ちています。イエス様にはそれだけの魅力があります。




私も20歳の時それを知りクリスチャンになり今日まで来ました。教会はイエス・キリストによって生まれました。イエス様の素晴らしさは教会を通して知ることが出来ます。教会でこそクリスマスの祝いをするにふさわしい場です。




今日、水郷めぐみ教会に来られた方々は素晴らしいと思います。神様は皆さん一人びとリにクリスマスの恵みを注いでくださいます。




今、世界は多くの争いがあります。ある国ではNO2の地位にあった方が機関銃で撃たれ処刑されたと報道されています。内戦によって多くの国民が避難し苦しい生活を過ごしている国もあります。すべての国に平和を祈ります。




イエス・キリストが生まれたときの賛美です。「いと高きところには栄光、神にあれ。地には平和、御心にかなう人にあれ。」(聖書)






11月で9年間続けてきた民生員児童委員を退任しました。高齢化社会の中ますます働き人が必要となる時期ですが自分の年齢の限界を感じました。(退任して分かったことは後任者が自分より高齢の人でした。)




今年度もう一つ辞めた役がありました。茨城県民間保育協議会理事です。6年間務めました。それぞれ大事な働きでした。また色々なことを経験しました。




9年前は50代で今より力はありました。しかし60代になり高齢者と呼ばれるようになってから力の衰えを感じるようになっています。先生はまだ若いと言われる人もいますが人間の命は年齢順でないことも知っています。自分に合った生き方をしたいと思っています。




そんな中で新しく潮来市から嘱託された働きがあります。「子ども子育て会議」メンバーです。潮来市の子育てをこれからどのようにすべきかを考える会議です。




少子化は教会も例外でありません。東京で50人前後礼拝に集う教会があります。今は年金生活者が多くなり教会会計も影響していると牧師先生が話していました。




私は保育の働きを始めて37年になります。卒園生は千人を超えました。在園時代は園で毎日お祈りをし聖書の御言葉を暗唱しています。卒園生からイエス様を信じてクリスチャンになった人も与えられています。今月22日の礼拝には3年生の男子が洗礼を受ける予定です。卒園生です。




日本ホーリネス教団だけでなく日本の多くの教会は次世代育成を掲げています。子どもたちの世界は多様性になっています。日曜日はすることが多くあります。教会に来られる時間がないと言うのが現状です。親子礼拝も以前から比べると多いと言えません。




しかし出来ることからしていくことも大事です。今週と来週土曜日こども園でクリスマス会が行われます。お言葉が語られ讃美、祈りがあります。ここにも主の働きが起されるようお祈りください。昨日、潮来公民館では300名以上の人に御言葉が語られました。






私と兄弟のようにしていた従兄弟の葬儀が28日(木)ありました。お互い下の名前で呼んでいた仲でした。葬儀は仏式でした。身内で戒名の話が出ました。




平山家に続いている戒名があり戒名料が幾らかかるか話題になりました。仏式の葬儀で話題になるのは戒名料のことです。




もともと戒名とは釈迦の戒めを受け釈迦の弟子になるときにつけられる名前です。仏門に入るためのものであって亡くなった人につけるものではありません。それがいつの間にか解釈が変わり亡くなった人につけるものとなってしまいました。




釈迦の戒めを受けるのは生きているときです。また寺では49日間亡くなった人の霊はさ迷いつづけているので遺族が徳を積むことによって成仏できると言います。




現代の寺は徳を積むこと、それはお金を寺に納めることと語っています。徳を積まないと成仏できないのです。しかし釈迦の弟子になり戒名を与えられた人はその時点で成仏できるはずです。




そのほかに葬儀には住職に対するお布施があります。本来は御苦労さまでしたと当家から感謝の気持ちを込めてするのが筋ですが現代は住職の方から金額を決めていることが多いようです。




多くの人はこれらのやり方に対して批判的になっていますが先祖代々続いているので変えることに抵抗を感じています。それが日本人の伝道に大きな壁になっています。




日本人の特徴はきちんと考えを持ちその考えの中に生きていることです。変えることには大きな抵抗を感じています。昔からの家がキリスト教に改宗することはなかなかありません。その点、若い人はまだ伝統に染まっていません。ですから考えを変えやすいです。




次世代に対する伝道が大きなテーマとして上げられています。少子化で子どもの数が少なくなっています。出来るところから取り組みたいです。




今週土曜日からこひつじ園は2週に亘ってクリスマス会が行われます。そして15日はクリスマス音楽伝道です。主に期待しましょう。


11月





先週は和子先生と、二人のご婦人を訪問しました。お一人は90歳。長男家族が一緒ですが離れで一人生活をしています。




戦前、満州に渡りご主人が公務員で土木の仕事をしていましたが敗戦後ご主人はシベリアに4年間捕虜として強制労働を課せられた経験を持っている方です。そのご主人も亡くなり、今は一人離れでのんびりと生活しています。




身体はどこも悪いところは無くいたって元気です。楽しい話をし賛美と祈りをして帰りました。帰るときにはわざわざ庭にまで出てきて最後まで手を振って見送ってくれました。私の手を握るのが嬉しいようで何回も握手をしました。




もう一人の方は11月22日で満100歳です。老人ホームでの生活です。部屋には内閣総理大臣安倍普三からの大きな賞状がありました。このご婦人も戦前、中国大陸に渡り宣教師と共に医療伝道をしました。敗戦そして苦しい帰国への道を通りました。




10年前にホームに入所して一人部屋で悠々自適の生活を送っています。100歳になり身体能力は段々衰えてきています。車椅子生活で会話もままならないようになっています。見舞いに行ってもほとんど言葉が出ず、ただ聞くだけですと職員の方が話していました。




しかし私たちが話しかけると「聞こえますよ。」と言葉を出しました。そして帰るときになったら「ありがとうございました。」と言いました。同席していた職員の方も驚いていました。




このご婦人とも握手をしました。小学生の時、木登りが好きでよく木に登って先生に注意をされたと話していました。100歳の方と握手するのは初めての経験でしたが力を込めて握り返してきました。




お二人とも健康です。そして神様に対する賛美が好きです。100歳の方は唇を動かしながら歌いました。




高齢化社会をどう過ごすかが大きな日本の課題です。そんななかで信仰を持って最後まで神様を賛美し天国の期待を持って生きていられることは何と素晴らしいことでしょうか。






今の水郷めぐみ教会の課題に「役員会」があります。これまで役員さんが選ばれて機能していましたが、今年に入って役員を辞退する方が次々にあり今現在、役員会は機能していません。




私たちの教会は茨城県知事から宗教法人格を承認してもらっています。それゆえ宗教法人の特権があります。例えば固定資産税が免除されていることです。それだけに規則や組織の整えた体制が求められています。役員会もその一つです。




毎年県に役員名簿を提出する義務があります。規則では役員は教会総会で選出されるとなっています。人数は最低でも5名必要です。




役員の任務は教会員手帳に記されています。牧師の働きを助け教会の伝道の中枢を担う人です。ですから役員会のあり方は重要です。教会の成長は役員会の働きに大きく影響されます。




洗礼を受けている人であれば誰でも役員になる資格があります。しかし役員は信徒の模範として証を立てている人が求められます。




模範は何か立派なことをしている人の事でなく信徒として当然なこと例えば十一献金、礼拝出席、教会奉仕そして身近な人(家庭、職場、近隣)へのキリスト者としての証し等です。これらは強いて強調されるものでなくキリスト者としての当たり前の姿です。




今は宗教法人としての責務は代表役員の主任牧師が負っています。将来的には役員の中から伝道局、財務局、奉仕局、教育局など教会の働きを担う方々が起こされることを願っています。




今の水郷めぐみ教会では教会員礼拝参加者が10名から20名の間です。多い人数ではありません。役員候補者を挙げてその中から臨時総会で選挙と言う案があります。幅広く主の証し人の中から選ばれるのがふさわしいと思います。




どうぞ皆さん、役員会のためお祈りください。主の働きにふさわしい人が選ばれるようにお祈りください。祈っているとき示しが与えられたら教えてください。役員の奉仕は恵の奉仕でもあります。







今日私たちの教会にアモス先生をお迎え出来る事を嬉しく思います。




私が信仰を持った時最も大きな影響を受けたキリスト者に内村鑑三がいます。内村先生は宣教師嫌いで有名です。東京聖書学院に入学した時、内村先生の話をしたら「内村は無教会だからその考えに注意を払いなさい」と忠告を受けたことがありました。




そんな私が学院3年生の時初めて宣教師と組んで半年間開拓伝道をしました。宣教師に身近接して考えが変わりました。OMSIの宣教師は本当に日本を愛し伝道を進めてくれました。




アモス先生は30年くらい前にキー伝道を計画し、夏アメリカの大学が夏休みになった時、学生に日本伝道を呼び掛け英語を通しての伝道を日本の教会で進めました。




私もまだ若かったので言葉の壁を気にしないで無謀にも7年間アメリカの青年を迎えキー伝道に参加しました。当時潮来は外国人は珍しく沢山の生徒が保育園生から高校の英語教師まで教会に来て学びました。




私もNHKラジオ基礎英語のテキストを買い毎朝ラジオを聴いて英語を学び学生と交流を持ちました。我が家で共に生活した7年間のアメリカ人との交流は楽しいものでした。彼らが日本で楽しく生活そして伝道出来るようにアモス先生は青年の間を歩き彼らを助けました。




10年くらい前に宣教師を引退してアメリカにお帰りになりましたがそれでも日本の伝道のため来日し伝道を助けてくださいました。特に東日本大震災後はアメリカから献金を募って年2回来日し被災地を訪れ仮設住宅の人たちを励まされています。




私が前の教会を辞めてからは先生と交流が切れていましたが今回20年以上の間隔を開けて再会することが出来る事を嬉しく思っています。




茨城県にも宣教師の力を必要とすることが沢山あるような気がします。今日の礼拝を通して私たちももう一度宣教師の存在を認識しそして協力出来る事は助けて頂いて伝道の業が進むようになれる事を期待します。




また通訳の小松勧士にも感謝します。小松勧士は千葉県公立高校長を退職され聖書を学び日本ホーリネス教団の勧士の資格を与えられました。勧士とは牧師と同じように講壇から説教できる人を言います。次に機会があれば小松勧士に説教して頂きたいです。






台風26号の後片付けに追われていた時、民生員上層部から電話「一人暮らしの高齢者を訪問をして被害状態を調べて欲しい。」そしてまた電話「一人暮らし高齢者に対する歳末慰問金とおせち料理の有無を調べてきて欲しい。」。




先週火曜日は潮来市内高齢者約200名と共に(観光バス5台)お楽しみ大洗遠足への付き添い。皆さんの中では私は若い方です。それにご婦人の方が多く男性は少ないです。




一人暮らしのご婦人は元気です。バスの中では私にあちらこちら、せんべいや柿、飴、チョコレート、揚げもちなど次々に来ます。お互い話が止まりません。長い人生ですから話題は次々に出ます。




立ち寄った先々では運べないほどの買い物、ある方は鞄を背負って参加。中はお土産でいっぱいです。帰りのバス私は眠くなってしまったのですが「ガイドさん、カラオケをお願いします。」皆さん元気です。そして歌が上手です。火曜日は一日民生員でした。




その他に毎月一度の昼食弁当配達。定期集会、研修会等など。9年前に児童民生員になったころよりも仕事が増えてきています。止む得ず参加できないものもあります。9年間高齢者(65歳以上。)の方々とお付き合いしました。




10月は潮来市内老人施設に園児たちが慰問に行きました。毎年しています。私も高齢者の域に入りました。




これから日本は早いスピードで高齢化社会になります。介護が必要になる人が増えてきます。高齢者の心得として学ぶべきことがあります。高齢はみんな初めての経験だからです。


1、世話を素直に受け入れる。


2、お世話になったらありがとうと声かけをする。


3、自分は高齢者になったという自覚を持つなどです。




聖書には高齢者学は見当たりませんが、パウロ、ペテロ、ヨハネなどは長生きしたようです。当時はキリスト教が迫害の対象になっていましたから彼らは投獄されたり島流しになったり厳しい老後を送りました。そんな中でもイエス様に救われて天国への希望に溢れていました。




高齢者にとって最も大事なことは希望を持つことです。それは天国への希望です。


10月





昨年の衆議院選挙、今年の参議院選挙を経て秋の臨時国会が始まりました。ねじれ現象を解消しての国会です。




総理大臣の本会議での発言を聞いていると7年前とは違った自信溢れる姿です。予算委員会で野党とのやり取り、外交、内政と多くの分野が議題にあがります。よくあれほどすらすら答弁が出来るなと感心します。そして委員会の合間を見ての各審議会にも出ています。いつ休むのかと驚いてしまいます。




私はこども園に関係していますから子育ての論議に興味があります。それ以上に宗教に関する総理大臣の言動にも関心を持ちます。やはり大きな課題は靖国神社です。




自民党の議員は「御国のために戦い命を流した尊い英霊」と繰り返し叫んでいます。この言葉にいつも違和感を感じます。




大きな犠牲を生んだ第二次世界大戦は日本が外国から攻められて自衛のために起こした戦争でなく、外国に出て領土を広げたり資源を確保するために攻め行った戦争です。その為当時の軍部は国会を武力で脅し政治を意のままに操ってしまいました。




そして戦争を始めることを決意し天皇の同意を得て次々に諸外国に攻めて行きました。その歴史が今外交を困難にしている原因となっています。




私の母の最初の結婚相手は潮来で静かに長男として農業に励んでいました。そんな中、召集令状によって兵隊として行くようになりました。結果25歳の若さで戦死。




彼は自分から進んで御国のために戦ったのではないのです。本心は静かに農業をして家族を養いかったのです。




「私は貝になりたい。」と言う映画があります。一市民が強制的に戦争に駆り出された悲劇を伝える内容です。




日の丸掲揚の時、起立。君が代を歌わないと処罰。君が代は明治政府が天皇をたたえるために作った天皇賛美です。先の戦争は天皇を元首として仰いで天皇の下みんな同じ考えになることを強制されました。そのような法律を自民党は作ろうとしています。




日本には天皇信者が多いです。天皇の写真を掲げている家が多いです。何を信じるかの自由は保障されています。国家はそこに入るべきではありません。






12日(土)約800名の方々が集った運動会。キリスト教式で行いよい証しになったと思っています。




若かった時は進行のアナウンスまでしましたが最近はほとんどおまかせです。準備も色々な方々がするようになりました。しかし責任者として何をしなくても気疲れはあります。当日は疲れを感じました。この歳になると疲れは翌日まで続きます。




13日の礼拝を終えすぐ東京。バスの中は寝ていました。神楽坂のレストランで結婚式。レストランでの結婚式は初めての経験でした。全てを終えて家に着いたのは日が変わっていました。




そして15日から16日にかけて台風26号。最初は軽く見ていたのですが16日の朝、園の近くの川が氾濫し、見る見るうちに増水。道路上を膝上まで水につかりながら園に行きました。




水はどんどん増えてきます。このままでは床上まであと数センチというところまで来ました。思わず「神様、助けて!」と祈りました。




床上に水が来たら後が大変です。イエス様の愛されている園児たちが困ってしまいます。どうしても止まって欲しい。消防団の人が水の中を土嚢を運んできました。もう少しで床上に。




これは仕方ないかと半分覚悟していたら水の動きに変化が起こりました。段々と水位が下がっていくのです。目を凝らして見ても間違いなく下がっている。ぎりぎりのところで止まってくれてホットしました。




10年前は潮来に立っている鉄塔がなぎ倒されました。2年7ヶ月前は地震、そして台風と自然の力の大きさに抵抗する力がありません。教会は土盛りが高くしてあるので被害はありませんでした。しかし教会の両隣の田は湖状態、前の川は音を立てて濁流になり流れていました。今回の26号台風は各地に大きな被害を与えました。




私たちは自然の力に弱いです。被害が少ないように考えて生きなければなりません。一度被害を経験しているところは同じ被害が起きないよう考えなければなりません。やはり家は高いところに立てるべきです。




そして今回、思わず祈った祈りにも神様は応えてくれた経験をしました。主に感謝です






聖書。そこには素晴らしい神様のお言葉が書かれています。46年間毎日読み続けています。その内容を全部つかむことが出来ません。でも毎日少しずつ読んでいます。




最近問題が起きてきました。小さな文字がかすんで読みづらくなってきました。新聞くらいの大きさなら眼鏡なしで読めますが聖書の字は小さいです。




46年前初めて手にした新約聖書があります。今では眉間にしわを寄せなければ読めなくなっています。




私より若い人が老眼鏡をかけるようになっているのを見て優越感を感じていました。老眼鏡をかけている同級生と比べ、私のほうがまだ若いと思っていました。その優越感も終わりになりました。いま老眼鏡を捜しています。




人間は生身の身体です。長い間使えばどこかに疲れが溜まり機能が落ちてくるのは理にかなっているのです。ただ機能低下を少しでも少なくする努力は必要でしょう。ですが誰でも100歳まで元気に生きられるものでもありません。




私の40年間の牧師生活は大きな変化がありました。そして今は神様の憐れみによって支えられています。




幼児伝道を目指して始めた保育の働きは創立時と比べてみるとだいぶ大きな園になってきました。今を思うと過去には感謝、現在は祈りです。




人間だれでも100パーセントの確率で一度は亡くなります。その時期が近くなってきた実感がしています。そして思うことは、その時、私の死に顔を見た人が私を見ながらどのように言うかです。とても興味があります。




先日、私より2歳若い人が亡くなりました。校長先生を定年したばかりです。65歳です。あんなに元気な知性に溢れていた活動的な人が、何故私よりも早く亡くなるのかと考えさせられました。




使徒パウロは自分の最後の時「私は走るべき行程を走りぬいた。」と言い切りました。私はパウロ先生ではありませんから真似をすることは出来ません。




残された人生を私に与えられている仕事をするだけです。そして老眼鏡の必要になった現状を受け入れていきます。最後まで聖書を読み続けていきたいです。






電気製品の進歩には驚きます。通信でも映像でも。私が初めてビデオ録画機を買ったのはテープを入れて録画する機会でした。当時はβー規格とVHS規格の激しい販売競争がありました。宣教師に相談すると小型のβーがお勧めでした。




しかし私はなぜかその勧めに従わないで機械の大きいVHS規格を買いました。テープもカセットでなく20センチ×15センチの大きなものでした。初めて物体を録画した時は何かテレビ局の人間になった気持ちでした。




それが今では私には使えないDVDからブルーレイ、そしてハードディスクにと名前も覚えないうちに次々と新製品が売り出されています。通信機の電話もしかりです。




携帯を買ったときは通話だけでしたが、そこに写真機能が着いてすごく便利になりました。しかし今は電話機なのかパソコンなのかと戸惑うほどの機能が着いているスマートホーンが手元にあります。驚くべき進歩です。




そして少し前からT兄の手によって水郷めぐみ教会の礼拝の姿がリアルタイムでパソコンにより世界中どこでも見られるようになりました。本当に驚くことばかりです。聖書も端末機で複数の翻訳の聖書が手軽に持ち運びでき簡単に読めるようになっています。




今日は土子雅明兄の証です。土子兄は10年くらい前に「メリーホーム」に入所して生活しています。土子兄の楽しみの一つにパソコンで私たちと同じ時間に水郷めぐみ教会の礼拝に参加できることです。




場所は離れていても一緒に礼拝の恵に浴する満足感を持っています。それ以上にこの礼拝堂で共に礼拝に参加することが何よりの慰めとなっていました。




しかし最近お父さんの体力が衰え家に帰宅することが出来なくなってしまいました。それは私たちと同じ礼拝堂で礼拝を守ることが出来なくなってしまったことです。




土子兄はこの日が来ることを予測していました。しかし現実となるとその気持ちは私たちに理解の及ばないものがありますが冷静に現実を受け止めています。土子兄は不自由な手を一生懸命に動かして一字一字パソコンに打ち、証しを書いてくれました。皆さんにも聞いて欲しいと願っています。私が代読します。土子兄の証をお聞きください。



9月





今月23日は秋分の日で私はお休みの日でした。毎年この日は千葉教聖会が成田で行われています。いつも楽しみに参加しています。今年はT兄一家と参加しました。




講師はインマヌエル中目黒教会竿代照夫牧師。テーマは「キリストの心を心とする」でした。聖会ですのでホーリネス教団の一番特徴の「きよめ」が中心でした。




私たち人間は神様を知る前は自己中心に生きる生活でした。そして心はサタンの誘惑に支配されています。しかし神様を知り主イエス様の十字架による罪(自己中心)からの救いを得て新しく神様に生きるキリスト者となりました。




救いを得て神の子となった喜びは大きなものです。しかしキリスト者としての生活を続けていく中で再び自己中心の思いが頭を上げてきます。今度はその思いがキリスト者である自分を悩ますようになります。




救いを得た時のあの喜びと感謝はどこに行ってしまったのか。キリスト者になることは悩みを持つことなのか?色々な思いが心を駆け回るようになります。




ホーリネス(きよめ)はキリスト者になることが悩むことでなく神に対して生きることが喜びと感謝の生活をもたらすものとなることです。それは罪(自己中心)が神様の恵みによって清められることです。




聖会では罪からの清めが語られました。先生は聖書のみ言葉を引用して清めの真実を教えてくださいました。その中で改めて教えられたみ言葉はヘブライ人への手紙10:10「私たちは聖なる者とされたのです。」です。




神様は私たちに「あなた方は聖なる者とされた。」と以前の自分と大きく変わったことを語ってくださっています。それは過去形で強く語ってくださっていますと、語られました。




家にもどり別な訳の聖書で同じところを開いてみました。そこには「私たちは聖なるものとされている。」と現在形で書かれています。私たちが清められたのは確実であり、過去に清められた恵は今も続いているのです。




清めはイエスキリストを信じ続けている間は継続しているのです。これが神様が私たちに対して語っておられる真実です。




自己中心から神中心の歩み。自分の喜びから神の喜びへと生きることがきよめです。そしてみ言葉への信頼です。









NHK大河ドラマ「八重の桜」の放送が決まった時、彼女は洗礼を受け人生の三分の二以上を新島八重で過ごし同志社創立時期に力を尽くした人でしたので信仰が描かれると期待していました。




だいぶ以前新島襄伝記を読んだ時八重のお兄さんの写真もそこに載っていました。しかし全般は同じような出来事が長々と続きし視聴率も下がり始めました。




会津戦争が終わってから新島襄が登場するようになりキリスト教が前面に出てくるようになりました。聖書、賛美歌、お祈り等。そして先週は熊本より集団転校してきた生徒の事が放映されていました。




その中には私たちになじみの深い人物が何人もいました。金森通倫(一時東京聖書学院で教鞭をとり内村鑑三、中田重治等と再臨運動を日本に起こした。)海老名弾正(後に東京本郷教会牧師、新島襄が亡くなってから同志社の学長。小崎弘道(大阪教会創立者)など馴染みの深い人たちが登場しました。




彼らは熊本バンド(隊)と言って日本のプロテスタント教会の基礎となったグループです。その他に横浜バンド、札幌バンドが日本では大きな影響を与えた信仰者でした。(私たちの属するホーりネス系は松江バンドと呼ばれています。)




この三つのグループは明治維新になって新しい国造りはキリスト教によると誓約書を交わした人たちです。日本に対する熱心な伝道心に燃えた人たちです。




NHKがここまでキリスト教を取り上げるのに驚きました。願うことはこのドラマが教会の良き宣伝になることです。




八重さんは最後まで信仰を貫いた人です。もともとこの人はキリスト教に激しい弾圧を加えた徳川の人です。最初キリスト教に接した時キリスト教は耶蘇教と嫌っていました。それも神社仏閣の聖地と言われる京都でのことですからキリスト教を受け入れる余地は少なかったです。ましてそこにキリスト教の学校を作ることなどとうていかなわないことです。




しかし神様は新島譲の篤い祈りに応えてくださいました。彼らは一つ一つの困難を乗り越えてビジョンを達成したのでした。譲は46歳の若さで亡くなります。その後をついで同志社を育てたのは八重さんでした。




徳川家の人が洗礼を受け、キリスト教学校創立に力を入れたことは神様の不思議な働きです。






2020年、オリンピックとパラリンピックが東京開催に決まりました。56年ぶりに2回目となります。決まった瞬間気持ちが高揚しました。7年後何歳になるか数えています。7年はあまり遠くありません。




決まった当日に多くの方々が感想を言っていました。その時、皆さんの口から共通して言われていた言葉に「子どもの未来のために良かった。」です。




この言葉に多少違和感を感じました。日本人は本当に子どもの将来のことを考えているのかなと。これは建前であって本音は経済が活発になることを願っているのではないかと思いました。




オリンピックは国との戦いです。スポーツという勝負の世界です。ですから勝利して金メダルを取ったとき私たちは喜びます。




オリンピックは参加することに意義があると創立者は語りましたが今の本音は金メダル獲得に意義がある世界になっています。ですから勝利し金メダル獲得のため日本ではスポーツに体罰がつきもののようになってしまいました。その犠牲者が子どもたちです。東京オリンピックを機会にスポーツの考えを改められたらと思います。




パウロの時代にオリンピックの原型になる競技が行われていたことが書かれています。「目標を目指して、賞を得るように走りぬこうではないか。」(ピリピリ3:14)と。




オリンピックでは金メダルという賞を得るのは一人です。信仰の世界でも金メダルの賞を得るのは一人だけなのでしょうか。神様は私たちに差をつけられるのでしょうか。私はそう思いません。




神様は1時間働いた人にも8時間働いた人にも同じように賃金をくださいました。オリンピックはみんな努力して参加しています。しかし残念なことに金メダルは一つしかありません。でも信仰の世界ではイエスを仰ぎ信仰に生きてきた人に神様はみな同じ恵みを与えてくださいます。




オリンピックが決まって1週間も経たない内に話題は経済効果に移っています。子供の将来を言う人は少なくなってしまいました。これが大人の本音でしょうか。




オリンピックを楽しむことは悪いことではありませんが勝負に破れて悔し涙を流す選手がいます。信仰の世界では悔し涙はありません。みんな金メダルです。








先日、映画「終戦のエンペラー」を見てきました。日本が世界に対して全面降伏をし敗戦を受け入れた時から物語が始まります。実際にあった話です。




日本を占領下に置いたマッカーサーが苦心したことは天皇に戦争責任があるのか。天皇を裁判に出廷させることが出来るのか。そして戦争で荒廃した日本の国をどのようにして復興するのかでした。




私は敗戦後2年に生まれたので敗戦直後の日本の状態は経験していませんが記録映画や写真で見ると国が全く破壊されている状態、300万人以上の日本人が死んだ事実が分かります。そして何もかも失った日本人。




まず食べるものを求め闇市が立ち、都市部の人たちは手に売れるものを持って農家を訪れたこと等を聞いたことがあります。住む家を焼かれ、家族を焼かれ仕事もなくなりその日暮らしをしなければならなくなった日本が見事に復興しました。その力となったのに天皇の存在があったことを描いているのが映画のストーリーです。




天皇は自らマッカーサーを訪ね、戦争の責任は自分にあると話したと言います。マッカーサーは日本人が持つている天皇に対する畏敬の念を利用して落ち込んでしまった日本人の心にやる気を起こさせることを思いつき終戦後まもなく天皇を全国に派遣しました。




訪れた先々で天皇は歓迎され人々に勇気と力を与え復興の支えとなりました。今でも大きな災害があると天皇が被災地を訪れます。その原点は終戦後にあるのです。




戦争中でも天皇は自分の意見を言わなかったと描かれていました。そして天皇には本当の自由がないとも言っていました。今の天皇は政治的なことの発言は禁止されています。選挙権もありません。それだけ時の指導者に利用されやすい立場に居るのです。




今、日本は憲法を改正し天皇を国家元首としようとしています。日本人は心の支えるものととして天皇が政治利用されているのです。




君が代(天皇賛歌)が国歌となり学校現場で規律して歌うように法律で定められました。先生が歌わないと罰せられるようになりました。あれはとても嫌なことです。学校で君が代を歌うことは止めて欲しいです。新しい国歌が欲しいです。







先週27日、Kよし姉の告別式(葬儀)が教会で行われました。




K姉は戦後食料難の時、政府の食料増産政策に協力し霞ヶ浦の湿地帯に入植開墾し長い年月をかけて美味しいお米の取れる田に作り替えました。当時の苦労はいかばかりであったかと思います。




5人の子に恵まれ、2013年5月29日に洗礼を受けました。その後、体調が悪化し8月25日早朝召されました。




姉妹の地区の方々は開拓精神で近所のつながりが強くその中でキリスト教会で告別式(葬儀)を行うことについては初めてのことで分からないことばかりでした。当家を中心として班の人たち、葬儀社、牧師と話し合いをしました。そして素晴らしいキリスト教の葬儀を礼拝堂で行うことが出来ました。皆様の背後のお祈りを感謝します。




仏式で葬儀場で行うことはそんなに難しいことではありません。役割も必要なものもそこには備えられています。しかし教会は葬儀の準備も役割分担もありません。葬儀を行うことが少ないからです。それだけに準備に気遣いが求められました。告別式の翌日、午後の祈祷会は舟こぎ状態でした。




班の人、親戚の人それぞれキリスト教の葬儀は初めてで教会に入ったことも初めての人ばかりでした。しかしあとで感想を聞いてみるとあの葬儀はよかったとの声をくれた人があったと言います。




Kよし姉は信仰生活は短かったですが最後に多くの人を教会に導いてくれました。最高の伝道会でもあったと思います。




二人の娘が信仰を持ちその内の一人は献身し牧師になりアメリカで伝道をしています。K姉は今、肉体の苦労や悩みの全てから解き放たれ主イエスの御手の中で平安な時を過ごしています。そして主イエスから、よくやった忠実な僕よとお褒めの言葉を頂いているのです。




私はキリスト者の召天を見るたびに思います。私も肉体の悩み苦しみ苦労から解放され主の御手の中で安らかな生活をしたいと。先に天に帰った人が羨ましく思うときがあります。




聖書に「今から主に在って死ぬ人は幸いである。」と書いてあります。その時は神様が決めることです。今は悩みがあってもつらいことがあっても生きぬくことが大切です。喜び感謝もあります。



8月





今年の夏の暑さは記録を更新しました。あまりにも梅雨明けが早かったのですが夏空になったのは梅雨明け後一週間。そしてその後また曇り空が続き、再び8月のキャンプ中7日から真夏日が続いています。




昨年は熱帯夜で寝苦しい日は一日でしたが今年は毎日暑さに負けて夜も十分な睡眠をとることが難しかったです。同じような経験をしておられる方があると思います。




今年2月は寒くて何枚もの衣類を重ね着していましたがあれから半年でこんなにも暑くなり気候が大きく変化する日本です。私は寒さが苦手なので夏のほうが好きです。




夏のよさは色々あります。野菜が美味しいとか、昼の時が長いので外の作業をしっかり出来るとか、そして何よりも朝が早くなり聖書を読む時(ディボーション)暖房も要らずとても気持ちよく持てます。聖書は46年間読み続けていますが、いまだにその素晴らしさの一端しか経験していません。




私は歴史物、特に戦国時代と幕末が好きでだいぶ本を読みました。しかし一度読むともう一回読んで見ようとの気持ちは起きません。聖書は何回読んでも毎回新しい発見があります。読むたびに素晴らしさを教えられます。




私が初めて聖書に触れたのは成人式を迎える前の19歳の時でした。小さな新約聖書でした。その時は東京で生活していました。聖書の何たるかも分からず初めて教会の礼拝に行った時、もらった聖書をアパートに置いて行きました。




教会での聖書の大切さが分からないのと、礼拝は何をするのか理解しないままに教会に行ったのでした。今は教会やこども園を通して聖書を広める立場にいます。ですから聖書をよく理解していなければなりません。




それには何よりもまず聖書をよく読むことです。私は朝型なので夜よりも朝読むほうが読みやすいです。夜は聖書を読んでいるのか寝ているのか分からなくなっているときが度々あります。




先日17年ぶりに新しい聖書を買いました。何もしるしが付いていません。初めて聖書を読むような新鮮な気分で読んでいます。感じたところを赤線でひいています。






1945年8月15日はアメリカとの戦争が終わった日です。今は終戦記念日と言っています。




日本は空母3隻に戦闘機艦載してハワイまで行き真珠湾に攻撃を仕掛けてアメリカとの戦争に入りました。江戸幕府が壊滅してから日本は清国(中国)やロシアと戦争をしてきました。その中でも一番大きい戦争はアメリカと戦った戦争です。




日本は最終的にアメリカの無差別空爆に合いそして2個の原爆によって全国が壊滅的ダメージを受け多くの戦死者を出して全面降伏をして戦争が終結した日です。




終戦記念日に大きな問題になるのが首相の靖国神社参拝です。その時必ず「祖国日本のため犠牲になった方々がここに眠っている。尊敬の念を表すのは日本人としての義務である。」と感話を流します。




私は毎年この言葉に疑問を持ちます。私の父は男5人の兄弟がいました。長男は近くの村からお嫁さんをもらい農業に従事していました。次男は職業軍人で海軍に行き軍艦武蔵の搭乗員でした。中国と始めた戦争がアメリカへと広がったとき農業をしていた長男は召集令状(赤紙)を受け南方にて戦死しました。




多くの一般市民である日本男児はそのように戦場に駆り出されました。赤紙で召集された家族は内心できれば戦争に行きたくないとの思いでした。




当時の戦争遂行政策をとっていた政府の命令で戦場に駆り出されたのです。職業軍人は別として赤紙で召集された一般国民は自分から国のため進んで戦場に行きません。まして「戦死したら靖国神社に神として祭るから」との政府の言葉にも疑問を持っていたと思います。




このことをしっかりと検証しないと戦死者が靖国神社によって英雄視され戦争をしたことが肯定されてしまいます。日本が始めた戦争は間違っていたと今日の政府、総理大臣が反省しないと韓中との関係が対等に付き合えなくなります。




二度と外国を侵略しない、外国にも侵略されない平和な国作りを目指すにはどうしたらよいかキリスト教会も考え祈り主の御心を求める必要があるのではないかと毎年8月になると思います。







バイブルキャンプが終わりました。皆さんのお祈りを感謝します。生徒44名(1名は怪我で中止)大人の奉仕者12名、計56名の参加者でした。




班編成をしました。私が受け持ったのは3年生男子8名でした。このクラスにA兄が加わり本当に助かりました。この子達は昨年も私とA兄が受け持ちました。




昨年はトラブルもあり、だいぶ苦労をしましたが一年過ぎると彼らも成長したなとの感じでした。みんな卒園生でしたのでそれぞれの気質は理解できています。




小学3年生になると聖書の話に理解が深まってきます。また園生活で神様のこと聖書のことを経験していますから理解も早いです。今の時代に田舎の一教会のキャンプにこれだけの子どもたちが参加することは大きな感謝です。




ある人は言います。「保育園をしているからだろう」と。そうです。園の働きが大きいです。




子どもたちはだんだん少なくなっています。小学校に行くとよく分かります。空き教室がどこでも多くなっています。隣の市では建築してからまだ20年にもかかわらず閉校になり学校が統廃合されています。潮来市でも昨年徳島小学校が閉校になりました。




この傾向はこれからも続きます。ですからどこの教会でもキャンプに集う子どもたちが少なくなっているのです。




先ほどの言葉を私に言った教会ではキャンプしていません。パウロは「福音のために私はどんなことでもする。」と、語っています。それは一人でも多くの人に神様の御言葉、神様の愛を伝えるためでした。その為の手段は選ばないということです。




ですから人のことをとやかく言うよりも福音のために自分の出来ることを探し求め、そのことに力を注いですることが必要とパウロは言っているのです。




私たちが「認定こども園」を行っている目的はそこにあります。「こひつじ園」を通して神様のお言葉と神様の愛を語ることです。キャンプはその流れの中にあります。




年2回の特集も同じことです。今の教会に子どもたちは毎週自分の足で来ることは出来ません。でも何らかのかたちを通じて子どもたちとの繋がりを続けて生きたいです。







イエス様は子どもたちを大変愛されています。その子どもたちを対象としたバイブルキャンプが今年も行われます。今週6(火)7(水)8(木)です。小学生参加予定は45名です。




奉仕者は当教会から牧師夫妻、T夫妻、A兄です。牧師夫妻は高齢者ですからあまり当てになりません。そこで色々なところに助けを求めました。神様の応えがありました。




まず東京聖書学院から修養生が3名。Y姉のお母さんと弟さん。そして最後の野外炊飯にAさん。12名の大人の奉仕者です。感謝!




7月は梅雨明けが半年も早く、梅雨明け後一週間は真夏日でした。しかしその後7月末まで曇り空。涼しい日が続きました。今週は一転して真夏日が続くと予報が出ています。体調管理が大切です。




大事な子どもたち熱中症にならないようにお祈りください。そして主講師の永山先生(三島教会)が3回のメッセージを語ってくださいます。




子どもたちはどのようにして聖書の話を聞くでしょうか。こひつじ園では御言葉暗唱、祈りと賛美を毎日していました。集会は伝道会になります。大事なのはキャンプ全体に聖霊様が働かれることです。子どもたち、奉仕者の健康が守られることと聖霊がキャンプに働かれるように祈っていただきたいです。




忘れてならないことは神様が働かれるとそれを妨げようとする悪の霊があることです。「私たちの戦いは、血肉を相手にするものでなく、支配と権威、暗闇の世界の支配者、天にいる悪の諸霊を相手にするものです。」(エペソの信徒への手紙6:12)と聖書は告げています。




先週木曜日、教会近くの食堂に家族みんなで食べに行きました。アルバイトの女性がいました。誰かに似ている気がしたので声をかけてみました。彼女は卒園生でした。今、園に短大の実習生が学びに来ています。卒園生でした。話を聞くと在園時代の歌や聖書のことが懐かしく思い出されると言っていました。




二泊三日の経験は子どもたちの心に色々な思いを刻むと思います。神様がいる。聖書のお言葉がある。祈りが出来る。大きなことです。主の栄光が現されます。


7月





 イエス様は子どもたちを大変愛されました。大人に対して説教をしている時、子供たちが寄ってきたら子ども優先の行動を取られました。




子どもに関するイエス様の言葉は聖書に沢山書かれています。よく知られているのは「だれでも幼子のようにならなければ神の国に入ることは出来ない。」です。




私たちが自分の子どもを愛する以上の愛を子どもに注がれたのがイエス様です。




子どもは騒ぎます。子どもはうるさいと見られます。いたずらもします。これは私たちが自分中心に子どもを見るときに起こる気持ちです。イエス様のように子どもを見ることはクリスチャンにとって大事なことです。




水郷めぐみ教会最初の時は、日曜日に多く集まるのは子どもでした。玄関に靴が置き切れない程でした。今年もキャンプの時が来ました。今年は例年よりも遅い日程ですが小学生の参加者は45名です。




大震災の3年前は教区全体のキャンプが取り止めになりました。震災後なので参加者がいないだろうということが大きな理由でした。しかし私たちは信仰を持って教会独自で行いました。23名の参加者が与えられました。昨年は教区主催が再開されました。めぐみ教会は42名の参加者でした。




今年のキャンプは他の教会で参加者が少ないので教区合同は中止になりました。めぐみ教会単独でするようになりました。子どもの参加者は45名です。




「次世代育成」と目標があげられるように教会から子どもが少なくなっているのが現実です。45名もの参加者が与えられることは大きな感謝です。




しかし受け止める側の教会には子どもたちに御言葉を与える奉仕者が足りません。特に男子が足らないのです。私は67歳に足を入れました。和子先生は65歳に足を入れています。私たちにとって小学生は孫と祖父母の関係です。




幸い東京聖書学院から女子修養生が3名送られてくるようになりました。女子は心配なくなりました。男子にあと一人の奉仕者が必要です。与えられるようお祈りください。




イエス様は子供中心でした。私たちの教会も子供を大切にしています。これは祝福の基です。







「次世代育成」これは教会にとって大きな課題です。今年の水郷聖会のテーマでもありました。日本ホーりネス教団今年度の標語でもあります。




結婚し子どもが与えられた時、この子と一緒に教会に行き共に神様を信じる家庭になるようにと祈ります。そして家族ともども礼拝に行ける事を大きな喜びとします。私たちの祈りは家族の救いです。




長崎の隠れキリシタンと言われる人たちが激しい迫害の中で250年間も信仰を持ち続けたのは家族に信仰が継承された結果と言われています。親から子に子から孫にと、原始教会から伝えられ受け継がれてきた信仰を家族にも受け継がせてきた結果です。




カトリックの人たちは何代にも亘って信仰を継承されている家庭が多いです。もちろんプロテスタントにも数世代に亘って信仰が継承されている家庭も多くあります。




しかし最近、信仰は子どもに強制させられないと言う考えが多くなり幾世代も続いてきた信仰が途絶えています。




聖書に目を向けるとユダヤ人たちは信仰の継承に力を注いできました。その一番明確に語っている言葉がこれです。「私は、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である。」この言葉は神様がご自分を示すときに言う言葉です。




私が40年前牧師になった時、神様を信じて洗礼を受ける人は都会でも地方でも沢山いました。「地方では年度初めになると礼拝者が少なくなってしまう。」と嘆いていました。それは洗礼を受けた高校生が進学、就職で上京していたからです。




その後、彼らは結婚し子どもが与えられその子どもが今、成人になっています。しかし親の信仰をどれだけ子どもが受け継いでいるか。




今からでも遅くありません。まず自分の家族の子ども孫たちへ信仰の継承を祈って行きましょう。小さな子どもは小学校生になるまで5分間落ちついて居る事が出来ません。子どもの特性です。大人はこの事を理解することが大事です。




自分の礼拝雰囲気が乱されるから子どもは別扱いにして欲しいと思うのでなく、イエス様のように目線を子どもに合わせて行くようにしましょう。




次世代育成のカギは「あなたはみんなから愛されているんだよ。」と子どもたちに伝えることです。








平山和子


私は久しぶりに全てを離れて、主の前に過ごす二泊三日の研修に参加して来ました。




韓国から日本の救いの為に召命を頂いて日本の教会で伝道牧会しておられる先生からのお誘いの電話があったのです。




研修の詳しい内容は聞いていなかったのですが,富士山の近くの河口湖付近のホテルで行うという言葉に反応し、牧師の許可を頂いて行ったのでした。




そうしましたら、なんと私には想像もしていないことがあり、大変な不安を経験しました。




最初の恵みの集会の前に、「今持っている時計や携帯電話など全部出して下さい。各自の袋に入れてスタッフが預かります」と言われ,私は「いや、それは困ります!どこにいても連絡がつくようにと言われ、肌身離さず近くに置いておく携帯がなくなることは、教会や園との連絡不可になるのでそれだけは困ります」と訴えたのですが、主催者たちは「大丈夫です、大丈夫です」と言うのです。




時間が経つにつれて分かって来ました。集合の時間や、合図は全部ベルでした。参加者の誰も時刻が分かりません。みんなで心一杯賛美し、セミナーを受け、祈り、いろいろな体験を通して動いているうちに分かりました。




私はあまりにも時間や携帯や仕事…に気が取られ、主との交わりをどのくらい重んじて来たかを。だんだん私の心はしばりから不安から解放され、主との交わりがすごく温かく感じ、平安で、喜びで感謝に満たされて行きました。ハレルヤ!




私たちの日常生活の再点検(車の車検のごとく)が必要であると思わされました。今は、毎日、朝夕に賛美と御言葉と祈りの時が楽しく、自分の信仰の管理に励んでいます。




まだまだ沢山教えられたことがありますが、また後ほど分かち合いたいと思っています。







ベニアミンという部族が聖書に書いてあります。ユダ12部族の一つです。お父さんはヤコブ、お母さんはラケルです。




ヤコブには二人の妻がいました。レアとラケルです。この二人は姉妹です。姉のレアには沢山の子どもが生まれましたが、ラケルにはなかなか子どもが授からず大変苦労をしました。




ようやく生まれたのがエジプト王に次ぐ地位に立ったヨセフです。ラケルにはもう一人子どもが授かりました。それがベニアミンです。しかしベニアミンは難産でした。お母さんはベニアミンを産んだ後、死んでしまいました。




苦しみの中で生まれた子にお母さんは「わたしの苦しみの子」と名付けて息を引き取ります。ベニアミンはお母さんの愛情を受けない子として育ちました。




赤ちゃんの時からお母さんがいないことは子どもにとって大きな痛手です。同じお母さんから生まれたお兄さんヨセフは弟ベニアミンをとても愛していました。




やがてヨセフがエジプトの支配者となり、飢饉のためそこに食料を買い求めに来た兄弟を見てベニアミンがいることを知りヨセフは懐かしさの余り感情を抑えきれずに大泣きしたと聖書は語ります。赤ちゃんのときお母さんを失った弟を見ての気持ちです。




他の兄弟はお母さんが違うので葛藤がありました。心ゆるせるのはベニアミンだけです。このベニアミンは神様からの祝福を頂いて他の兄弟と同じようにユダ族12部族の一つになりました。




赤ちゃんのときから母親なしで育ったベニアミン。ラケルはどんな気持ちで生まれたばかりの息子を残して死に向かっていったのか。「私の苦しみの子」と名付けた思いがわかります。




しかしお父さんヤコブはその名を変えました。何と「幸いな子」と呼ぶようにしたのです。いつまでもお母さんの苦しみを記憶に残しておくのでなくあなたは「幸いな子」として生まれたとお父さんは呼んだのです。




自分が生まれたことによってお母さんが死んでしまった。ベニアミンは一生その事を背負って生きなければならなかったものをヤコブはそうでないお前は「幸いな子」として生まれたと呼んだのです。




このことはベニアミンが成長していく中で大きな励ましとなったと思います。次世代育成に必要なことです。 


6月





先週月曜日と金曜日東京に行きました。高速バスそしてJRや東京メトロ(地下鉄)を利用しました。今まではそれぞれ乗り換え駅で利料表示版を見上げ財布から小銭を出し切符を買い改札口に入れていました。




ある人が教えてくれました。便利なカードがある。それ一枚で交通機関は簡単に乗り継ぎが出来ると。なるほどとても便利でした。ただカードを機械に押すだけでスムーズに乗り降りが出来ました。




四国から帰ってきた時、最終便の飛行機でした。高速バスに間に合うかハラハラしながら切符を買っていました。カードなら時間短縮にもなります。




携帯電話をスマートホンに替えました。とても便利性がいいからと勧められました。遣ってみると今までのよりも利便性が断然いいです。(これは若者向きと思っています。)




社会の仕組みがインターネットで結ばれ20年前に出来なかったことがいとも簡単に出来るようになって来ています。時々こんなに便利になっていいのかと不安になるときがあります。でも社会はさらに利便性を求めて進んでいます。




しかし私は45年前と同じことを今も毎日していることがあります。聖書を机の上に開いて読みます。聖書を何回も読んでいますが今でも読むたびに新鮮さを感じています。




神様をネットで繋ぐことは出来ません。二千年以上前と同じことをして神様と交わりを持つことに変わりはありません。神様を信じ神様と交流することはアブラハムの時代と何ら変わっていません。変わることは出来ません。




携帯電話に神様の連絡先を探してみてもあるはずがありません。携帯電話でなく心静め、黙想し、想いを神様に向けると神様と繋がることが出来ます。




外に出かけるとき聖書が携帯電話に取り入れられ重い聖書を持ち歩くことなく簡単に聖書が読めます。しかし私は端末機で読んでも聖書が神の御言葉として心に迫ってくることはありません。紙に印刷されて本になっている聖書がいいです。




ある教会では聖書を持たないで端末機を持って礼拝に来る人が出てきているといいます。聖書も賛美歌も週報も全てその機会に入っているのです。




生きた神様と交わるには利便性は脇に置いたほうがいいのでは。毎日、コツコツと聖書を読むことによって恵は下ってきます。








四国に行きました。四国は初めてです。




飛行機が松山空港に着陸態勢を取り段々と高度を下げてくると瀬戸内海が窓から見えてきました。窓際に座っている人の肩越しに見ると小さな島々が沢山見えました。海にこんなに沢山のしまがあるのは初めて見ます。驚きでした。




私の住んでいる茨城県鹿島灘の先にあるのはハワイ島だけであとはアメリカ大陸です。




金曜日夕方松山に着きホテルにチックイン。土曜日は朝から雨。松山市内は路面電車があります。運賃は150円。駅のロッカーに荷物を入れ路面電車で道後温泉に行きました。




1905年夏目漱石が書いた小説「坊ちゃん」で有名になった日本で最古の温泉と言われています。温泉の建物は昔風のどっしりしたものです。




あいにく降り出した雨が段々本降りになり濡れながらの旅でした。昼を松山駅近くのラーメン店で冷やし中華を食べ(寒かったので暖かいのにすればよかったと反省しながら食べました)JRで今治に向かいました。電車は全車両にアンパンマンの絵が描かれてありびっくり。子どもなら大喜びです。




今治駅に西条教会の矢野先生ご夫妻が迎えに来てくださり瀬戸内海を案内してくださいました。この時は雨が上がりましたが海は霧で覆われ何も見えませんでした。




瀬戸内海全体が見えるといわれる展望台に行っても霧は晴れず100メートル先しか見えない天気。それでも矢野先生は次の場所、今治と本州を結ぶ橋のところに案内してくださいました。




着いたとたん霧は急に晴れ世界一のつり橋が現れました。サンフランシスコにも有名なつり橋があります。それよりもきれいなそして長い橋です。これが見られただけでも四国に来て良かったなと思いました。




駅前のビジネスホテルに宿を取り日曜日は西条教会で礼拝メッセージをさせていただきました。二階全体が礼拝堂になっています。




愛媛県瀬戸内海沿岸にはホーリネス教会が数多くあります。松山市に2つ、今治市に4つ、西条市に2つの教会があります。ホーリネス教団でも伝道の盛んな地区です。矢野先生は今年度で引退です。




帰りの飛行機はボーイング787でした。年に一回、他の教会を訪れることは楽しいひと時です。新しい発見も与えられます。また、新たな気持ちになれます。






先週私たち夫婦にサプライズがありました。礼拝が終わって「先生用事があるのでこちらに来てください」と、声をかけられました。




何かと思っていたら思いがけない出来事が起こりました。私たち牧師夫婦の40周年記念のお祝いをしてくださったのです。思わず二人の目頭が篤くなりました。教会員のみなさんがこんなにして私たちを祝ってくださるとは。




何と幸せな牧師かと感謝の気持ちで胸がいっぱいになりました。牧師の喜びは信徒から愛されている実感が持てる事です。




夫婦の愛、親子の愛と色々ありますが何と言っても教会員から愛されていることが牧師の大きな喜びです。




私たちは日本中に知れ渡っている有名な牧師でありません。小さな田舎の町で主の働きの一環をになっているだけです。東京中央教会で1年、潮来教会で18年、水郷めぐみ教会で20年。今年が40年目になります。




特に水郷めぐみ教会は私と神様との関係で始まった教会です。スタート時点では誰からも賛成されず却って心配されたりしていました。頼みとするは神のみでした。




自宅の台所で家族3人で始まりました。あれから20年。協力する人も与えられ主の祝福の中で今日があります。




また保育園の働きも無認可から社会福祉法人認可。認定こども園の認可。そして移転と新園舎の建築と大きく姿を変えました。園舎のホールの一番高いところには十字架が掲げられています。教会ですと言ってもそのまま受け止めてもらえるような建物になりました。




20年前の開拓当時には考えもつかない祝福です。今思うと背後にめぐみ教会の暖かい祈りがあったことが分かります。




教会の祝福の理由に牧師と信徒の信頼関係と愛の関係があります。私はこれからも水郷めぐみ教会は神様の祝福を頂いてこの地域において祝福を受ける教会であることを確信しています。




教会が祝福の基となるのが私たちの祈りです。これからも皆さんと祈りを共にし、地域の宣教と幸せのために進んで行きたいと願っています。




欠けた所の沢山ある私たちです。それにも関らず、愛を形に現わしてくださった皆さんの信仰に神様の祝福を祈ります。本当に感謝です。私たち夫婦は感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございます。






梅雨という言葉を聞きます。入梅とも書きます。梅の収穫時の今頃、毎日雨が降り続くことを言います。一年でも一番雨の日が多い時期でもあります。




しかし今年は気象庁が入梅の季節になりましたと発表した次の日からほとんど雨が降りません。その為、畑の野菜は土が乾燥して思うように育ちません。




水管理が大事になっています。野菜だけでありません。植木も水不足になってしまいます。こひつじ園に植えられているさつきの木がほとんど枯れかかってしまいました。さつきは根が浅く広がっているので水が大事です。特に花が終わったこれから新芽が出てくるため水を必要としています。その時、水がないと木に勢いもつかず枯れてしまいます。




園の駐車場の植え込みにあるさつきの枯れは水不足と言われました。そこで一生懸命水かけをしています。枯れたと思った木から小さな新芽が出てきました。それほど水の力は大きいです。




幸い、園には掘り井戸があり水代はかかりません。電気代だけです。畑にも水をやります。夏野菜の生育が良くなります。水は命の原点です。




聖書にも水の大切さが沢山書かれています。特に詩編には多いです。人間の身体の60パーセントは水分で出来ているといいますから人間にとっても水は大切なものです。




しかし何と言ってもイエス様が「わたしが、与える水を飲む者はいつまでも乾くことがないばかりか、わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠の命に至る水が、わきあがるであろう」。といわれた言葉は驚きです。




命の源である水をイエス様が下さるだけでなく、その水を飲む者には、その人のうちで泉ができると言います。そしてその泉は永遠の命に至る水と言われるのです。




毎日のように畑に、草花に水をやりながら今更ながらイエス様の素晴らしさに驚きを覚えています。水をあげると植物は成長します。自然の水にはそれだけの力があるとすればイエス様が与えてくださる水はどんなに私たちに活力を与えてくださることでしょうか。




私たちの主イエスキリスト様はそのような恵を与えてくださる神様です。肉体ののどの渇きを感じる時期になりました。美味しい飲み物だけでなく、イエス様の与えてくださる命に至る水を飲みましょう。






こひつじ園で毎月発行している「園たより」があります。巻頭言は私が書いていますが、6月は主任の和子先生が書きました。




私と違った書き方をしています。学問的な方面から幼児期成長の大切さが書かれました。




人間の脳の発達は小学生になるまでに約90パーセントの発達をする。それゆえ幼児期の生活は将来を決めてしまう大切な時期ですと書かれています。




和子先生は小学校教員の夢を持って国立新潟大学教育学部に入り学びました。当時の国立大学は10倍近くの倍率でした。その難関を通って入学しました。しかし小学校教育では遅い、もっと早い時期に教育をする必要があると示され今の仕事をするようになったと書いてあります。(ちなみに我が家で大学に行かない人は私だけです。)




人間の成長は本当に早いです。私は若いつもりですが今は4人の孫を持つじいになりました。孫たちの成長も早いです。初めて孫を抱いた時の感動が残っています。しかしその孫はもう小学3年生です。感謝なことに子ども孫全員教会に来ています。私たちは命の継承と同時に信仰の継承も神様からゆだねられています。




わたしは小さいころの記憶にヒ祖父が毎日仏壇に向かってお経を唱えていたことがあります。信仰心を初めて感じた時でした。




真知子姉のお母さんが洗礼を受けました。お父さんが元気な頃よくお話をしたことがありました。お父さんは「先生、私は小さい頃日曜学校に行ったときがあった。その時覚えた賛美歌を今でも覚えているよ。」と言われたことがありました。




現代は伝道の難しい時代と言われています。だからこそ小さい頃に聖書のことを知る幼児教育、親子礼拝は大事な伝道です。伝道と学歴は関係しません。




聖書が私たちに語っているのは私たち存在が伝道の基本と言うことです。私たちは多くの人の中から神様に選ばれました。そして神は私たちを神の全権大使として任命されました。




大使はその国を代表する立場の人です。私たちは神の国の大使として派遣されています。派遣されている場は人によって違います。派遣されている場で神の大使として働くことが大事です。




和子先生は幼児教育・幼児伝道に大きな使命を持っています。60歳を超えていますがなお元気です。お祈りください。


5月






寒い冬から暑い夏へと、そして暑い夏から寒い冬へと日本の季節は移り行きます。このようにして一年が流れていきます。同じような繰り返しです。今は暑い夏へと向かっています。


私は極端な寒がりですから今が身体に良いです。毎年この時期になれば同じようなことをします。夏野菜を作ります。50年も前からしています。




60歳近くになってきてから鍬や万能を使っての作業にきつさを感じてきました。そして今は小さな耕運機を使っています。




P・トルニエという人がだいぶ前に「人間の四季」を書きました。多くの人が読みました。私も読みました。人間は春、夏、秋、冬と変わっていく。変わりかたを受け入れてそれにふさわしい生活をすることが大事と言う内容です。




読んだ時、私は春から夏に向かっていた頃でした。そのまま自分は変わらないだろうなという高慢な思いであったことを思い出します。




今の80代の人は皆、昔は若々しく耀いていたのです。しかしいつまでも若々しくいることは出来ません。命あるものの定めです。聖書の書かれている人物も皆同じです。




私は団塊時代の人間です。小学校時代がありました。学校は子どもで溢れていました。少子化は考えもつきませんでした。20代のとき町は若者でいっぱいでした。今と違って若者は生き生きしていました。結婚も20代全般が普通でした。




今、私たち団塊世代は高齢者として扱われています。昔、学校が子どもで溢れていたように今、病院でも老人施設でも高齢者が溢れています。どのような高齢者生活を過ごすかがこれからの一番大きな課題となっています。




創世記にエノクがいます。彼は365年生きたと書いてあります。今では考えられない長者です。彼が高齢者になってどんな生活をしたか聖書は次のように書いています。「エノクは神と共に歩んだ。」




教会も高齢者時代を迎えています。その時何が求められるのか。エノクの生活は高齢者が見習うべきものです。信仰者は神と共に歩む生活が出来るのです。




昔、教会の高齢者は難しいことを言うと恐れられていました。それは間違っています。神と共に歩む生活をするのが高齢者です。そして教会は素晴らしい場となります。聖書を新しく買え代えて気持ちを新しくしています。








先日、録画されたCGNTV番組が放送されました。放送日は私に伝わっていなかったので当日の放送は見逃してしまいましたが番組がCD録画されれ送られてきました。




自分の姿を映像で見たことはあまりないので見て驚いたことは頭髪がもうすぐ無くなってしまう現実でした。毎日鏡を見ていますがいつも前からしか見ていないので全体的な姿が分かりませんでしたがはっきりと現実を突きつけられた感じです。




それと声に張りが少ない事もわかりました。やはり牧師は政治家のように物事(福音)を語ることは張りのある聞こえの良い声が必要と感じました。最初は恥ずかしさと緊張感がありありと出ていました。




私はマスコミに出るのは性格的に向いていない人間です。しかし久保田早紀さんと話しているうちに久保田さんのリードの上手さに話が進むことが出来ました。郷里伝道の困難さは久保田さんも十分承知してくれていました。




最後に「平山先生のこれからのビジョンは何ですか?」と思いがけない質問が出ました。一瞬、考えこのように答えました。「信仰の土着化です。」と。




日本では特にこのような田舎ではキリスト教信仰が浮いています。一部の少ない人たちがしているものとの認識があります。そしてキリスト教の地域社会に対するアッピールが少ないです。




教会は限られた一部の人たちのものとの考え、私たちには関係ない。これは伝道の大きな壁になっています。この壁を崩すことが大事です。




キリスト教信仰は生活の一部になっている。これが信仰の土着化と思っています。そのためには出来る事から手を付けなければなりません。




先週は母の日礼拝で沢山の人が礼拝に参加してくれました。いつもは余裕のある会堂が人でいっぱいになりました。教会員よりも教会員でない人の方が何倍も来ました。そして礼拝を一緒にしました。




このようなことを繰り返すことによって段々と信仰が地域社会に土着化されていくのかと思います。今回は私が説教しました。今回は皆さん静かに聞いてました。何とかイエス様に心を向けてもらおうと祈りながらの説教でした。




それにしても私があと20歳若く声にもよく透き通る張りがあったらとしみじみと思いました。








水郷めぐみ教会においでくださり嬉しく思います。今日は「母の日礼拝」です。




母の日はアメリカのキリスト教会が起源です。でも母親は、どこの国でも素敵な、また尊敬すべき存在です。私たちには母親がいます。私にもです。




私の母は戦前、戦中、戦後の苦しい時代を生きてきた人でした。母に対する記憶はよく働く人、そして仕事の上手な人です。我が家は農家でしたから仕事は重労働でした。いまの農家は田の耕しから収穫までほとんどの作業が機械化されています。以前とは比べ物にならないほど楽な仕事になっています。




私の小学生の頃は全て手仕事でした。春先になると水田に苗床を作り籾(稲の種)を蒔くことから始まります。田植えも稲刈りも全て手作業でした。今、潮来の水田はほとんど田植えが終わっています。機械での仕事です。とても便利になりました。スピードも速いです。苦労は少なくなってきました。




私の母は苦労の中から知恵を働かせて仕事を上手く能率的にするにはどうしたらよいかと考えながら働いていました。朝早く起きて田植え仕事の準備。それらを小船(サッパ舟)に載せ約1時間かけて舟を竿で漕いで田に行きました。夕方暗くなってきてから仕事を止め、また舟を漕いで家に戻る頃は真っ暗になり空には星が耀いていました。




そんな仕事を母と一緒にしながら仕事とは何か、働くとはどんなことなのかを身体を通して教えてもらいました。子は親の背を見て育つと言いますが、それは父親だけでなく母親にも当てはまることです。子どもはそんな母の姿を見て尊敬の念を持ちます。




今から110年位前、キリスト教会に通っていた1人の女性の心に母に対する感謝を形で表したい思いが神様から与えられ花の好きだったお母さんにカーネーションをお母さんの亡くなった5月の第2日曜日の教会の礼拝に飾ったのでした。




花を飾ることはそんなに大きなことではありませんが、母親に対する感謝の気持ちを持つことは神様の喜ばれる大きなことです。




私の母はあやめ祭りになると畑で作ったあやめを観光客に販売していました。思い出は沢山あります。しかし亡くなってからもっと感謝の気持ちを表していたらと考える時もあります。




今日は園児たちが「お母さんありがとう」と歌います。神様のお話と共にお聞きください。








私が高校生の頃好きなテレビドラマに西部劇がありました。




広い砂漠を馬に乗ってさっそうと走っていた姿に憧れを感じていました。草を求めて牛を追いながら生活していたカウボーイです。夜は野宿、焚き火をしながら夕食を取り、あまったコーヒーを残り火にかけた姿にかっこよさを感じたものでした。




あの西部劇の感動を求めて一枚160円のCDを10枚買いました。昔テレビで放送されたものです。主演はジオン・ウエインがほとんどです。内容は騎兵隊とインディアンとの戦いです。




昔はただかっこよさだけに気が向いていましたが、今改めてインディアンのことを考えてみると彼らはもともとアメリカ大陸に住んでいた土着民です。そこにヨーロッパから白人たちがやって来てインディアンを追い、土地を自分のものにしてしまったのがアメリカ歴史です。




インディアンにしてみれば自由に生活していたところに白人が入って来て銃で自分達を追い出したことになります。当時インディアンたちの武器は弓矢が主でした。




「リーンカーン」という映画を見ました。リンカーンといえば南北戦争と奴隷解放が思い浮かびます。この映画もその事を中心に作られています。




奴隷はアメリカ人の労働力としてアフリカから強制的に連れられてきた黒人の人たちです。白人は黒人を人間扱いにしていませんでした。ただの労働力、消耗品としか見ていませんでした。苦労は黒人がして利益は白人が得る。




南北戦争があった社会はまだ西部時代でした。当時のアメリカはインディアンと黒人の人たちを人間としてみなしていませんでした。しかし白人は聖書を精神的な支えとしていました。そして聖書の御言葉から見ると人種差別は明らかに神様の創造の働きに対する罪です。リンカーンはそこに目覚めた大統領でした。




アメリカは不思議な国です。日本に原爆を落とし、空爆で無差別殺人をした国です。キリスト教に精神の基盤を置いている国です。




私は聖書学院の3年間、三沢基地で働いていた米軍人夫妻のサポートを受けました。その方が私に会いたいと学院に来ました。当時はサポートの存在を修養生に教えないのが原則でしたのに。写真を見て私のため毎日お祈りしていました。




アメリカは不思議な国です。



4月







 先日、東京聖書学院入学式に言った時、東宣社で自分が読むための聖書を買いました。




私は還暦を過ぎて高齢者になっていますが今でも新聞や本を読むときに老眼鏡を使っていません。高齢者に見られるのが嫌だからでなく眼鏡なしで読めるからです。




周囲を見ると私と同じ年齢の人や私よりも若い人に老眼鏡をかけている人が目立つようになっています。しかし最近聖書を読むときに目が疲れるようになっています。そこでもう少し字の大きい聖書が欲しくなり17年ぶりに買いました。




聖書自体の大きさは同じですが引照がないぶん文字が大きくなっています。毎日読んでいます。文字が大きくなって読みやすくなりました。新しいので、線も引いてなく書き込みもありません。




17年間読んだ聖書は線が引いてあり書き込みがあります。読み返しても同じところに注意が行きます。しかし新しい聖書は何の書き込みもありません。ですから初々しさがあるだけでなく前提もなく気持ちよく読んでいます。




今まで気づかなかった御言葉に新しく目が開かれることが多くあります。前の聖書とは大きな違いです。




聖書を長く大切に読み続けることは尊いことですが、時には新しく買え変えることも良いのではないかと思います。私は同じ翻訳の聖書を買いました。




買え変えるとき今までの翻訳聖書でなく新しい別な翻訳の聖書を買って読むのも良いかと思います。少なくとも聖書の翻訳は2つか3つ手元に持っていたらと思います。




英語の出来る人は英語訳での聖書もいいでしょう。もちろん日本語の聖書も原語に忠実に訳されていますから心配はありません。




ただ聖書の原語は外国の言葉です。それも原語は私たち一般人になじみの薄いヘブル語とギリシャ語で書かれていますから翻訳する時、言葉の持っている意味の解釈が難しくなります。多くの言語学者の研究によって翻訳がなされています。ヘブル語、ギリシャ語の文法の違いもあります。




最近は日本語の聖書でも原語に近く、原語の意味をよく表した翻訳がなされています。ともあれ長い間、親しんだ聖書から別の聖書を買い求めて新しい気持ちで読むことも恵を受けることになると思います。




皆さんも時には新しい聖書を買ってみてはいかがですか。






先週の親子礼拝は進級祝福式でした。




伝道には多くの準備が必要です。葉書に案内を書き発送する。祈祷会で祈る。その都度声かけをする等。




当日は沢山の参加者がありました。新しく一年生になった生徒から新中学生になった子ども、そしてお母さんたちも沢山来てくれました。共に賛美をし聖書の話を聴きました。その為にピアノ伴奏、ギター伴奏、聖書を語る人が必要です。




集会が終わり、はいさようならしません。お楽しみ会をしました。ゲーム、おやつタイム。お母さん方もコーヒータイムを持ちました。




母さんたちは初めてではありません。在園時のとき母の日礼拝、クリスマス礼拝で教会の礼拝に来ています。何回も続けて来ているお母さんもいます。ですから教会に対して違和感がありません。




ゲームを考え、おやつを揃え、コーヒーを用意します。そしてみんなが帰った後は片付けです。一つの集会、伝道会をするにはこのように準備の段階から当日のこと、そして後片付けとなすべきことが多くあります。奉仕者、手助けがいないと出来ません。




これは毎年行っている2回の特別伝道礼拝も同じことです。「伝道」言葉では簡単です。しかし実際に行うにはそれ相当のエネルギーが必要です。伝道を手助けする人が必要です。




イエス様には常に12人の手助者がいました。使徒パウロにも必ず手助けをする人がいました。伝道は個人プレーではありません。教会全体に命じられている主のからの宣教命令です。




水郷めぐみ教会は創立当時の伝道理念として幼児教育、幼児伝道を中心にしました。小さな子どもの存在は伝道の輪を広げます。




おじいさんが孫のことを言っていました。「家で食事の時、みんなにお祈りをするから合わせてくれと言うのだよ。天にいますわれらの父よと始まって長いお祈りを我々に聞かせてくれる。」と、話してくれます。




この地方は人口が減少しています。祭りの盛んな保守的な町です。キリスト教に違和感を感じている人、無関心な人が多いです。




日本の国にキリスト教を根付かせることは宣教150年以上たっても難しいです。伝道の考え方をもっと広げていく必要があります。多くの人に教会を知らせ来てもらうことに園の働きは力になっています。











先週は色々な事がありました。小学校入学式。CGNTV録画取り。東京聖書学院入学式。特に印象深いのは聖書学院入学式でした。




志賀姉、昨年は一年訓練コース入学でしたが今回は本科入学になりました。これは成績が良かったから本科に入学できたことではありません。もちろん一年間の成績は大事すが、神様が志賀姉に献身のお言葉をかけてくださったことによります。




昨年一年訓練コース入学は3人の人がいました。その中から神様はただ一人志賀姉に召命を与えてくださったのです。




日本には沢山の教会があります。都会の大勢集まる教会。私たちのような田舎の小さな教会。海外にも教会はあります。そんな中で牧師になるため入学した人は今年4人です。そのうち2人はアメリカで信仰を持った人。純粋に日本で信仰を持った人は2人です。その中に志賀姉が含まれているのです。




私も44年前小さな田舎の教会から聖書学院に入学しました。その当時聖書学院はアメリカ宣教団体の援助によって成り立っていました。私を支えてくれた人は青森県三沢市にある米軍基地で働いていたご夫妻でした。




このご夫妻はわざわざ聖書学院まで来て平山豊治はどんな青年かと確かめに来られました。通訳を介してお交わりをしました。その後、個人的な繋がりを持つことが禁止されていましたから今まで交流はありません。当時50代前後の人でした。しかし今、アメリカの宣教団体からの援助が少なくなりました。




聖書学院の生徒は必要なお金を納めなければなりません。年間約60万円くらいです。宿泊、食事、授業などで60万円あれば一年間の生活がまかなえるのは安いかもしれません。そのためには多くの人の献金が支えとなっています。




私たちも捧げたいです。私たちの教会は人数は多くありません。しかし皆で力を出し合ったら何倍ものものになります。志賀姉を支える献金箱を用意するなどして皆で支えて行きたいです。




今、日本では牧師になる人がとても少ないです。志賀姉は貴重な存在です。そして献身者を生み出した教会は神様の祝福を受けます。











今月は4月です。昨年の夏は記録的な暑さでした。そして今年の冬も記録的な寒さでした。雪国では観測史上最高の積雪を記録したところも多くありました。




寒さ苦手の私は寒いときは沢山着込みカイロを貼り付け、ただただ寒さが終わることを信じて待つのみでした。「暖かい春は必ず来る。」と。冷え性の人は長生きできないと言われているので、身体を温めるものを体内に入れて来ました。もうその心配はなくなりました。




梅の花が咲くころ春の兆しを感じ、さくらが咲くときには暖かさを体に感じるようになりました。今は木々の新芽がいっせいに芽生えてきています。寒いつらい時期は終わりました。




そしてこのよい時期に教会では復活節を迎えています。復活は非科学的と言われますが世界中の多くの人が主イエス様の死からの復活を信じています。復活は事実です。これは神様の私たちに対する愛の行為です。




神様の出来事は全て私たち人間に対して恵の行為です。そこには国の差別もありません。ただ信じ受ける側の姿によって神様の恵みを自分のものにするかあるいは受け損なってしまうかの違いが出ます。




私たち日本人には天地創造主唯一の神の存在を受け入れることは難しいようです。




日本は自然が豊かで自然の中に色々なありがたい神様が住んでいるとの汎神論的な考えが広がっています。その頂点に立つのが天皇です。そしてもう一度天皇を日本の元首にしようとの政治の働きが起こりつつあります。そのほうが国民をコントロールし易いからです。




公立、私立を問わず、日の丸に最敬礼をし君が代を歌うことが義務付けられています。いよいよ日本では神を信じることが難しい環境になってきています。伝道の困難の理由がそのところにもあります。




今は信仰的には冬の寒い季節に向かいつつあります。しかしキリストの復活は死という寒々した現実を打ち破る力があるのです。




潮来にはキリスト教保育をしている幼児施設が二箇所あります。そこで神様のことを学んだ子どもたちが小学生になります。学校は日の丸、君が代が幅を利かしています。キリスト教保育を受け、お言葉の種がまかれた子どもたちに福音の芽生えが起こるように祈りましょう。春は必ず来ます。



3月





カトリック教会の新法王が決まりました。当初本命と見られる人がいなく決まるまで何回も投票する「根競べ」になると誰もが予想していましたが意外と早く決まりました。それも欧米以外の南米アルゼンチンから初の選出者でした。




今回の新法王は話題性が多く日本のマスコミでも度々取り上げられています。




アルゼンチンから選ばれた理由の一つに欧米の信徒減少にも関わらず南米には多くの信徒が増えていることがあげられています。




今、南米ではキリスト教が生活の一部となっています。キリスト教が国に土着しています。私たちが身近で目にするのは南米のサッカー選手がJリーグで活躍する時に胸の前で十字架を示す動作をする事です。




南米にはもともと土着していた古来の信仰がありました。宣教師たちがキリスト教を伝え、今では人口の90パーセント以上の人がキリスト者です。




明日、こひつじ園では35回目の卒園式が行われます。今年の卒園生は第一回から数えると1000人を超えます。私たちは保育の働きを通して地域の子どもたちにイエス様のことを語り続けてきました。その教えを聞いた人が1000人を超えたことは大きな励みとなります。




園関係者以外でも日曜学校やキャンプを通してイエス様のことを学んだ子どもは数百人になります。




先日、アイモアで買い物をしてレジに来た時、聞き覚えのある声を耳にしました。名札を見ると以前4丁目の教会に小学生で日曜学校に休まず来ていた人でした。声をかけると私のことを覚えていてくれていました。今は園の近くに住んでいるので今度休みの時遊びに行きたいと話してくれました。




私たちが東京から潮来に任命を受けた時、この田舎町へどのように伝道すべきか、そしてキリスト教をまずどのように理解していただくか暗中模索で取り組んできました。その一つとして保育園の働きに導かれました。




先週「相棒」を見ていると誘拐された両親がキリスト者でした。両親は一心に祈っていました。その祈りが「主の祈り」でした。1000人以上の子どもたちが主の祈りを覚えました。困った時に祈れる言葉を持つことは大きな力です。




田舎町でのキリスト教信仰の土着化は時間がかかります。一歩一歩の積み重ねです。お祈りください。









東日本大震災から3年目を迎えています。津波の被害に遭った東北沿岸は家々が流され町が消え、家の土台だけがここに家が建っていたよと言っているように残っています。地面が1メーターから50センチも沈下し、そこに再び家を建てるのに困難を感じています。




原発には何重にも安全装置があるから安全神話と言い続けられ聞かされてきましたが、福島での原発事故による放射線によって町の全員避難が起こり、町は誰一人住む者がいなくなってしまいました。




潮来日の出地区は今になっても液状化による被害がそのままで復興には程遠い姿です。もともと日の出地区は湿地帯でした。そこに川の底から砂を吸い上げパイプを使って湿地帯に泥水と一緒に川砂を流してかさ上げし住宅地にしたところですから液状化には弱い地盤です。




これまでにも小さな液状化現象は起きていました。しかしそこは潮来一の住宅地と整備され多くの新しくきれいな家が立ち並びました。再び大きな地震が起こると同じようなことが起こる可能性のある地区です。




私は東日本大震災以来ダンプが道路を走る時に起こす地響きに敏感に反応するようになってしまいました。地震に対するトラウマです。沢山の子どもたちの命を預かっている関係余計地震に対して敏感になっているのかもしれません。




潮来には貝塚や古墳があります。それらはみんな高台にあります。昔の人は少し不便でも地盤のしっかりしている所に住まいを構えていたのです。それは昔の人から受けた教訓が働いていたと思われます。




私たちにとって昔からの人の教訓とは、聖書です。聖書は約1500年くらいの時間をかけて2000年前に完成しました。それが今私たちの手にあります。長い時間をかけて完成しました。




人間の思いによって書かれたのでなく神様が聖書を書く人に働きかけ、また、神様の御声を聴かせて書かれたものです。聖書は古い過去のものではなく生きている神様が今も聖書によって御自身の思いを私たちに伝えています。




昔の人の教訓は大事です。人間の宝です。聖書は教訓以上です。現代において私たちに生きる道を示してくれます。




主イエスは言います。「天地が滅んでも私の言葉は滅びない。」








先週の水郷便りに「教会の常識」という言葉を書きました。信仰と常識とは相容れないのではないかと思われるかもしれません。信仰の歩みには「非常識」があると。しかし、正しく信仰に生きる人こそ、常識をよくわきまえて生きることを学ぶと思います。




キリスト者の歩みは非常識であってはならないと思います。むしろ聖書は人間としてわきまえるべきことが何かを教えています。それは人間であれば誰でもが知っているべきことです。キリスト者の常識は決して特別なものではありません。




救いは「人間として生きる本来の姿」を回復することでもあります。そして人間の本当に知るべき常識を学べるところが教会です。常識のない人は人間として失格していると言ってもいいと思います。




罪とは非常識を意味します。罪人は人間としての常識を失っています。私たちも罪人の時は人間としての常識から離れて生きていました。ですから常識を軽んじることは出来ません。また、私たちはすぐに非常識になり、罪を犯しやすい弱さも持っている人間であることを自覚することも大切です。まして信仰の名において自分の非常識を正当化しないよう心がけたいものです。




常識を身につけるためにはそれを学び身につける訓練も必要となります。自分勝手な常識は赦されません。




健全な教会生活を自分のものとするのです。そうすることによって信仰生活・教会生活が健康的になります。教会は人間の常識は何かを学ぶところでもあります。




間違った律法主義に陥って窮屈になり、人を裁いているばかりのような教会生活でなく、気持ちよく共に生き、喜びを持って神に仕え、人に仕えるためにもこの常識を教会で、聖書で学び身につけるように助け合って努力しましょう。聖書の語る常識を見てみましょう。




「忍耐強いこと。情け深いこと。ねたまないこと。自慢しないこと。高ぶらないこと。礼を失わないこと。自分のことばかり考えないこと。いらただないこと。恨みを持たないこと。不義を喜ばないこと。真実を追究すること。全てに忍ぶこと。全てを信じること。そして耐えること。」




私たちはこれらのキリスト者としての常識を身につけることが大事なことです。自分の姿に照らし合わせてみてください。









 先週は講師を招いて「教会」をテーマに午後、学びの時を持ちました。その大切さは先週の水郷便りに書きました。講師の先生からも教えていただきました。




しかし短時間で教会の全てがわかるものでもありません。そこでもう少し詳しく水郷便りに書いてみたいと導かれています。教会すなわち教会生活とテーマを絞ります。そのほうが具体性を持つと考えます。




まず、教会は聖書の原語で言えば「集まる」と言う意味があります。教会は私たちが集まる場です。神様から神の民として生きるために神から教会に集められるといったほうがより正確と思います。




そして洗礼を受け教会員の一員となります。ここから教会生活の第一歩が始まります。教会員となることは主イエス・キリストの身体その手足として生きていくことです。




それは教会堂にいるときだけに限定されません。日々私たちの生きているところが教会員(キリスト者)の教会生活になります。ですから毎日の全生活が教会生活となります。その意味でも日常の具体的な生活が大切になってきます。




その為に教会に集まり教会の交わりの中にあってどのように考えどのように行動したらよいかを求めることは必要です。




教会堂には同じ信仰と愛を持ったキリストの仲間たちがいます。そこでさらにキリスト者であろうとする思いが生まれてきます。自分がそのような生活を作るだけでなく、教会に生きる同じキリストの弟子たち、信仰の仲間をいかに助けることが出来るかも大事なことです。




その為に教会は人間の集まりを進めるために規則を作りました。「水郷めぐみ教会規則」(日本ホーリネス教団を雛形としています)があります。




どのような簡単な人間の集まりでも守るべき決め事があります。それが基礎となってお互いが心を一つにすることが出来ます。




日本のプロテスタント教会の弱さは教会に規則・規律を持ち込むことの意識の希薄さにあると思います。しかし私たちが神に救われ神を正しく礼拝し他者と正しく生きるためには福音に根ざした具体的な規則・規律が必要です。その事をわきまえないと私たちの信仰は自分勝手なわがままな教会生活になってしまいます。




これは教会員として生きる者の教会生活の常識でもあります。(続)

2月






 今日は素敵な牧師先生をお招きしています。土屋正幸牧師です。生まれは東北山形県、美味しいさくらんぼがある所です。山形大学を卒業し山形県内の中学校で教鞭をとりその後、神様からの召命を頂き教職を辞め東京聖書学院入学。学院での学びと訓練を終え横浜、宝塚泉、弘前各教会等で牧師をした後、志を一新しアメリカ神学校での学びに進みました。




帰国後、宇都宮教会に派遣されて今年3年目になる先生です。土屋先生の履歴を見ると教育界での働き、そして各地の教会で牧師としての働き、さらにアメリカに渡っての研鑽。私から見るとうらやましい限りの経歴の牧師先生です。




それでいて、学者ぶらず東北人としての素朴さを忘れず、今は栃木県庁所在地宇都宮市で伝道牧会に励んでおられます。毎回の特別講師はそれぞれの賜物を持っています。ですから講師の先生の持っている独自の恵に触れることが外部から講師の先生をお招きする目的です。




今回は礼拝と午後の研修をしてくださいます。テーマは「教会」です。私たちが毎週、寒いときも暑い時も、雨でも雪でも、集う教会とは何か。私達をそこにひきつける教会とは。そして私たちと教会との関係は。とても興味深いテーマです。




一回の研修で全部を理解することは出来ませんが、教会の素晴らしさに少しでも理解が深まることを期待しています。ちなみに土屋先生の生まれは和子先生の生まれた町と同じです。そこからは和子先生を始め優秀な牧師先生が多数生まれています。




土屋先生の奥様は石岡市にあるキリスト兄弟団羽鳥聖書学院院長先生の娘さんで二人は東京聖書学院で出会いました。お子さんは現在4人です。日本の将来に大きな責任を果たしています。土屋先生のご両親、兄弟もクリスチャンです。




両親は昨年私たちの教会に来てくださり証をしてくださいました。お父さんお母さんの証を聞き、二人から生まれた先生の説教を聴けることは神様の不思議な導きです。




日本には家族で信仰を持ち教会に来る家はまだ少ないです。しかし神様は「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われると約束しておられます。」と約束しています。教会、そこは幾世代もの家族が集えるところです。










 最近、子どもの頃をよく思い出します。小学生の頃です。




家には水道もプロパンガスもありませんでした。もちろん電話もテレビもありません。生活に必要な水と燃料は自分で求めていました。




この時期になると、近くの里山に行き落ち葉や、枯れた小枝を集めそれを籠に入れ背負って家に持ってきました。それが毎日の燃料でした。炭は貴重品でした。わらで作った俵に入っているのを買い求め、調理やコタツでの暖房に使いました。




水は井戸からポンプでくみ上げ、バケツに入れて台所や風呂に運びました。もちろん風呂はマキで沸かしていました。




トイレは汲み取りです。排泄物は畑に持って行き肥糧として使いました。自動車もありませんでした。不便とも不自由とも思いませんでした。かえって懐かしくなります。




川の土手は土のまま。逆水門もなく、シジミ、うなぎも沢山獲れた時代です。今はシジミもうなぎもいません。蛍もいません。護岸工事で土手がコンクリートで固められたからです。崩れることがなくなり、きれいになりましたが失われたものも多くあります。




水道が家に入ったときは驚きました。蛇口を回せば水がどんどん出てくるのです。水道管を伸ばせば好きなところに水を引くことが出来るのです。




電話が入りました。連絡が便利になりました。あれから文明の利器といわれるものがどんどん家に入ってきました。生活は50年前に考えられないほどに変化してきました。それと同時に人間としての感性が失われたような気がします。




今、東京御茶ノ水で星野富弘展がロングランで行われています。「桃の花が笑って 花びらが いくつか落ちた おばあさんも笑って 入れ歯が落ちた」星野さんは身体に大きな障害をもち不自由な身体になりました。しかし心はとても自由です。かえって心が豊かになりました。




社会は便利になりました。反面心は狭くなって来た様な気がします。挨拶も元気のない声。しなければならないことはわかっていても横目で見て過ぎてしまう。インターネットでの友達交流。相手の呼吸も身体の熱も感じない世界。




今こそ教会が証として大事にしていかなければならないことに向き合う時です。「明るく、元気に、のびのびと」これは36年前に作った標語です。










 時々、自分が写っている写真を見ると不思議な気持ちになる時があります。それも意識しないで撮られている写真です。毎日鏡を見ていますがそれよりも10歳も老けて見えるのです。




意識しないで写された時の写真に何故こんなにも大きな差があるのかと不思議に思います。時には、これは私でなくほかの人だと思いたい写真もあります。




しかし良く考えても、考えなくてもそこに写っているのは紛れもない私です。鏡や意識して写してもらうときは、自分のいいところを見ています。意識しない写真は客観的です。ですから他の人の目には正直な姿が見えているのです。




少し落ち込むときがあります。写真は非情です。事実を写します。主観的に鏡を見るときは自分のいい姿を見ています。写真を写してもらうときもそうです。少しでもかっこよく写りたいという思いがあります。そこには人間の中にある自己意識が働くのです。




自分で自分を客観的に見るのは難しいのです。欠点に気づいていない場合が多いです。




神様は私達を愛しておられます。私たちのことをいつも心にかけておられます。神様は私たちの裏も表も、欠点も長所もご存知です。ですから神様に甘えてしまうときがあります。




しかし教会の中で人間同士に対して甘えた期待を持つことは避けねばなりません。それは時として大きな間違いのもとになります。




教会という組織の中では秩序が大事と聖書は教えています。秩序は愛の一つに数えられています。




教会はイエス様に罪を赦された罪人同士の集まりです。罪人同士が甘えると教会が責任のなすり合いの場になり誤解が出てきます。その結果、愛の家である教会に憎しみと分裂が起きてきます。多くの教会がその経験をしています。




これは人間が集まる職場でも同じです。職場での大きな課題は人間関係です。しかし、職場と教会の大きな違いはそこに神様の臨在があるか無いかです。お互い同士を見ているだけでなく神様の目線を持つことが出来る場、それが教会です。




人にはそれぞれよいところがあります。それは大事にしたいです。醜いところや欠点は神様に任せます。私たちはそれぞれの良いところをお互いで受け止めあうことが大事です。










 私が毎日見るテレビ番組はニュースと天気予報です。見たいものとしては「笑点」がありますが時間的に今は見られません。




歴史を扱う大河ドラマは好きです。今年の大河ドラマは「新島八重」が主人公です。どのように進むのか興味があります。




山本八重さんは会津生活よりも京都でキリスト者になって新島八重としてのほうが長い。それだけクリスチャン生活も長いということです。これからが楽しみ。




もう一つ見てみたいと思っていたドラマが先週からNHKで始まりました。「塚原ト伝」です。鹿嶋の人です。当初BS放送でした。我が家にはBSアンテナがないので見られませんでした。今度、地上波でも放送されるようになりました。




鹿嶋は剣術が盛んです。私も鹿島高校生の頃剣道部に入っていました。既に2回放送されましたが、身近の話題は興味があります。身近なところにこのような歴史的に著名な人がいたことは嬉しい気もします。




歴史的に言えばカトリックの宣教師が日本に初めてキリスト教を伝えたのが1549年ですから、もしかしたら卜伝も何かの形でキリスト教に触れたかもしれないと歴史ロマンを広げています。




歴史といえば、先週、和子先生が正教師資格取得のため4日間の学びに行ってきました。学びの中に日本ホーリネス教団の歴史の話があったと教えてくれました。




歴史は先代から受け、私たち一人びとりが作っていくものです。各人には各人の歴史があります。歴史の中で我々は生きています。しかし歴史はその場その場で動いているのではありません。歴史を支配している力があります。その力を持っているお方を知り、そのお方の御心を少しでも知ることが出来たならいい加減な、行き当たりばったりの生活は出来ません。それは神様です。




神様は歴史の最後にこの地上に来られます。それをキリスト教会では再臨と呼んでいます。その目的は新天、新地を創ることであり私達をそこの住人とする事です。そこはイエス・キリストを信じ、神の子どもとなった者が住むところです。




しかし悲しいことに私たちの周囲には神の子どもとなった人はとても少ないです。私たち既に神の子どもとなった者には周囲の人にこのことを伝える責任があります。歴史に生きる責任でもあります。

1月






 我家に電話が入ったのは私が高校2年生の時、それまではテレビも車もなく生活していましたが不自由は感じませんでした。しかし、電話、テレビ、車、そして冷蔵庫が次々に家に入って来た時は驚きました。カルチャーショックでした。




夏、山形に家族で帰省した時、となりを走っている車が窓を閉めて走っているのを見て暑くないのかなとバカな事を考えたりしたこともありました。親戚の家でテレビを見ているとチャンネルを回さないで手元のリモコンで切り替えているのを見て驚いてしましました。家庭製品だけでなくどんどん便利な製品が登場してきています。




一つの情報を得るのに苦労しないで手に入れる事が出来る時代。「苦労」と言うことが死語になってしまっている時代に今なりつつあります。




60年前手作業でしていたことが機械化されています。聖書も電子聖書が登場しています。一つの端末機で何種類もの訳の聖書が見られます。重い聖書を持ち歩かなくてもよくなっています。使い方によってはとても便利です。国語辞典も一緒に入っています。




この便利さを否定するつもりはありません。しかし私などは実際に印刷されている聖書を手にして1ページつづめくって読むのが合っています。




バイブルキャンプで炊飯をします。マキを使っての炊飯です。このような経験は今の子どもたちに受けがよくありません。しかしマキを割り、マッチで火を付ける経験は決して無駄なことではありません。




今は火を使うのにスイッチ一つですがマキで火を焚くには色々と考えていかないと火は燃えてくれません。どうしたら燃えるのか考える事は色々な場面で力になります。




礼拝に来た時、会堂はきれいに掃除されています。なぜ、きれいになっているのでしょうか。夏は雑草が生えます。きれいにするにはどうしたらよいのか。他の人を教会に導くにはどうしたらいいのか。伝道にも考える力が必要です。




余りにも便利な時代になり「工夫」する力が衰えて来ているような気がします。誰かが便利なものを作ってくれるだけでなく出来る事は自分からも進んで考え工夫したいものです。




伝道も同じです。誰かがするのでなく自分で工夫してすることも大事かなと思います。










 私は22歳で献身し、身体一つで東京聖書学院に入学しました。家は勘当。後が無く前に進むだけでした。4年間の学びを終え26歳で卒業。そして教団の任命を受け、新宿にある東京中央教会に派遣され牧師の歩みを始めました。




あれから40年、牧師の道を歩んできました。一つの働きを40年間続ければその道を究めつくします。しかし牧師の働きはこれで終わり、定年ですということはありません。




40年間を振り返るとき、年齢が大きく関係しています。青年時代、何でも出来ました。(成功したか失敗したかは別にして)身体が動きました。近くの村落に行って集会場を借り、家内が自分の子どもを背負って集会をしました。そして教会でも日曜学校をしていました。




30歳で保育園の働きを始めました。職員が休んだときは保育室に入りました。毎年の職員慰安旅行は全部私が企画。レンタカーを運転し宿泊から観光まで全部一人でしました。遠くは蔵王まで行ったことがあります。若さは素晴らしいですね。




50代後半に大病にかかりました。それまで小学生に盲腸の手術でしか入院経験がありませんでした。しかし50代後半と60代になって大きな手術を2回しました。最初は難しい病で、大学病院でなければ対処できないものでした。入院した日、非常な寂しさに襲われました。二回目は膀胱がん。




手術をしたからでしょうか、病院から帰ってきてから記憶が落ちています。特に園児の名前が覚えられません。




電化製品が進化しています。アナログからデジタルになって飛躍的に変化しています。しかし、私の頭は依然としてアナログです。今の製品を使いこなすことが出来ません。




病を経験してから体力も落ちています。若いときテニススクール、スイミングスクールと通いました。今はラケットも握らず、プールにも行きません。散歩だけです。




私の父は70歳前、脳内くも膜下出血で亡くなっています。これは遺伝すると医師から言われました。人生60代後半になると色々制限が発生します。出来たことが出来なくなっています。




しかし、「今あるは神の恵み」と今年も生きていきます。気持ちは若いときのように生きています。そして後悔します。でも、神様が全責任を取ってくださいます。感謝です。










 今年は蛇年です。私たちキリスト者に干支は関係しませんが、日本人として気にもなります。私は猪年です。




ご存知のように聖書には蛇が何回も出てきます。あまり印象のよいものではありません。最初は創世記です。アダムとエバに対して登場します。赤く長い舌をぺろぺろ出して話したのでしょうか。エバは蛇の言葉に誘われて人類最初の罪を犯しました。




また民数記21章にも出てきます。イスラエルの人が指導者モーセによって導かれ、二つに分かれた紅海の海底を通りエジプトから救われました。しかし着いたところは荒れ野。食べ物も飲み物も十分にない。彼らは荒れ野に来たことを後悔し、エジプトには美味しいものが沢山ある、ニンニクも肉もあると指導者モーセに反抗し始めました。




「なぜ、あなた方は私たちをエジプトから連れ上って、この荒野で死なせようとするのか。パンもなく、水もない。私たちはこのみじめな食物に飽き飽きした。」




それをご覧になった神は燃える蛇を送り、蛇にかまれたイスラエル人は死にました。そこで痛い目に遭ったイスラエル人は悔い改めます。




すると神様はモーセに「燃える蛇を作りそれを旗竿につけよ。」と言われました。




そして神は続けて言われました。「その蛇を仰ぎ見る者は生きる。」一番いやな存在が神様のお言葉によって人々を救うものとなりました。




後にイエス様はこの話を引用し自分も蛇のようにあげられると言われました。




この年、思いがけない事が起こるかもしれません。蛇と対峙するような厭なことがあるかもしれません。しかし私たちの神様は厭なことをも素晴らしい救いと変える事のお出来になる神様です。




過去は変えられません。後悔しても過去は戻って来ません。全てを良きにしてくださる神様。厭なことをも最善に変える事の出来るイエス様です。このような素晴らしい神様が私たちと一緒におられることはなんと素晴らしいことでしょうか。




いつも側におられる神様を実感して歩める一年としましょう。神様の恵みは、広く、深く、そして高くあります。この神様が一緒にいてくださることほど大きな恵みはありません。




神を信じているキリス者は「明るく、元気に、のびのびと」この年も過ごして行きたいです。






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